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- 御神楽家朝食顛末 - 御神楽 紫苑 [12/11(Tue) 2:28]
御神楽家新年顛末 - 御神楽 紫苑 [12/31(Mon) 23:07]



御神楽家新年顛末
御神楽 紫苑 [Mail]
12/31(Mon) 23:07
 「なあ紫苑」
 「なに?」
 「あと一週間で今年も終わるんだが」
 このところ、師走だけに忙しくクライズ・シティ内を走り回っている紫苑だったが、そのガーディアンとしての精力的な働きぶりはともかくとして、新年の準備はどうするのか、という事がアレスの中では問題になりつつあった。
 アレスの故郷では新年祝いなぞ、12月25日の降誕祭の付属物のようなものだ。 ましてキャストの間では、宗教など非科学的という認識が一般的ゆえ、さながら空気のような扱いである。
 しかし紫苑の故郷たるニューデイズでは違い、太陽が新生を遂げる日として、盛大かつ厳かに祝われるのが常。昔からの習慣を捨てるわけにもいかないだろう、と思って聞いてみたアレスだったが、紫苑の返答はいたって素っ気ないものだった。
 「準備ならするわよ。 輝夜が」
 「全部輝夜任せなのか?」
 「あのね。 自慢にもなんにもならないけど、私は料理も掃除もできないのよ? 何時だったか手伝ったらものの見事に台無しにしちゃって、泣きながら土下座されて『後生ですから何もなさらずお休みになっていてください、それが一番の助けです』なんて言われたんだもの。 屈辱だわ」
 「それにしちゃ、雪辱しようっていう気概が見えんな」
 開き直る紫苑に呆れ気味のアレスだった。 確かに先日の味噌汁事件といい、紫苑の家事一般に対する技量も素質も壊滅的なものがあるが、何かしら手伝えることくらいはあるだろう。
 「いいの。 天は私に二物を与えなかったのよ」
 「嫌味かそれは。 ン十物も持ってる癖に」
 正直なところ、アレスは紫苑のそういう意外な欠点たる部分に惹かれたと言えなくもないのだった。 もちろん本人には黙っていることだが。
 「だから私とあなたは大船に乗ったつもりで新年を迎えればいいの。 大丈夫、輝夜は優秀なハウスキーパーよ」
 「本人が聞いたら泣くぞ、それ」
 憮然とした顔でグラスの中のワインを飲み下す紫苑。 拗ねてるのか、とは怖くてアレスは訊けなかった。
 その時丁度、ドアベルが鳴る。 紫苑がビジフォンに歩み寄って相手を確認してみれば、先程まで噂にのぼっていた女性剣士、もといハウスキーパーの輝夜だった。 余談だが、彼女はハンターやフォルテファイターというタイプ名を嫌い、武士(もののふ)を自称している変わり者である。
 『唯今戻りました、遅くなりまして申し訳ありません』
 「おかえり、寒かったでしょう? 部屋、暖かくしてあるわ」
 『勿体無き御心遣い、痛み入ります』
 などという遣り取りを聞いているとむず痒くなってくるアレスだったが、これが昔からなのだから仕方ない。 最早主も従者もないはずなのだが、習慣というのはそんなものなのだろう。
 
 それから数日して、輝夜はガーディアンズ本部に休暇願いを提出した。 御神楽家が正月を迎える準備を行うためであるのは言うまでもないことだ。
 古風な割烹着を身にまとい、白い三角巾から自慢の黒髪をのぞかせる姿は、もはや自称武士のそれではない。
 そして、今年は紫苑にも仕事があった。
 家にいる間どこと無く不機嫌だった彼女だが、輝夜から頼みごとをされると一瞬ぱっと表情を明るくし、直後に不承不承といった態度に戻って引き受けたのを、アレスは微笑ましく見守っていた。
 仕事とは、正月飾りに使う水引を作ることだった。 既製品ではどうにも納得がいかないという輝夜の弁で、紫苑はフォトンを使用した特別なものを作ることになったのだ。
 彼女はこの手の仕事には抜群の才能を発揮する。 開発部のマヤ・シドウなどにも時折頼られることがある程度には、その能力は知られていた。 当然、つつがなく頼まれたものは完成したが――
 「これ、どっちかっていうとクリスマス向きね」
 ともかくモノは揃ったので、輝夜は早速門松と鏡餅の装飾の製作に取り掛かった。
 
 「ここだけくりすますがつづいてるみたいですね」
 と、門前に鎮座する門松を見たルーミが漏らした感想に、「やっぱり?」と、紫苑は苦笑で答えた。 フォトンが発する光は、正直いって眩しかった。
 輝夜は「不覚をとった……」などと一人で沈んでいる。 アレスは何も言わなかった。 追い討ちをかけると逆上されて斬られかねない。 彼女は紫苑の世話を甲斐甲斐しく焼く割には、他の者に対しての沸点が低いのだった。
 
 いかに紆余曲折があろうとて、時の流れは絶えることなし。
 大晦日を迎え、輝夜は割烹着姿で居間に倒れ伏した。 これで作業は全て終わり、今日はゆっくり休める。
 紫苑は料理に合う酒の選定を任され、一升瓶を数本抱えて帰ってきた。 どれだけ飲む気だ、とアレスは絶句したが、輝夜はさすがに慣れているようだった。
 アレスはといえば、輝夜に掃除を手伝わされてこちらも疲労困憊の態である。 紫苑と一緒に大船に乗っているつもりが、何時の間にか漕ぎ手になっていたような、そんな気分だった。
 ――テレビからは、ハルの底抜けに明るい声が聞こえてくる。 今年も色々あったものだ、とそれぞれが思いを馳せるなかで、時計は刻々とその瞬間に向けて時を刻んでゆく。

 「アレス」
 「ん?」
 「ありがと」
 紫苑がそう言った瞬間、時計の長針と短針、そして秒針がゼロを指した。 鳴り響く電子音は何時もと変わらず、しかしそれは新年の始まりを告げる音。
 それが終わり、紫苑は笑顔でアレスにそっと口づける。
 「今年も――よろしくね」
 「こちらこそ、な」


−あとがき−
 フライングで新年SS。 輝夜は蚊帳の外だけど多分幸せ。
 それじゃ、そろそろ年越しソバの時間かしら?



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