ども、Xレーザーカノソうぐぅです。
……失敬。
久々のタークス主催劇「フィリクス」の公演をすることと相なった訳ですが、実はその劇の悪役・アルマの役を任される事になりました。 で、私なりにこのキャラの人物像を考えてみた結果、どうして劇で「とある」悪事に走る事になったのか? 彼女の犯した罪は許されざる事ですが、世の中実際にはダークファルスの様に純粋なる悪など存在しないわけで、なにかしら彼女の心を闇に閉ざしたきっかけが、あったはず――。と、考えがたどり着き「よし、小説にしてみよう」と、思い立ちました。 劇「フィリクス」の登場人物、物語は全て我らがボスことサムス・アラン氏の構想の賜なので、私の描くアルマはサムス氏の考える所とは違う存在になるかもしれませんが、劇の外伝的な物として併せて楽しんでいただければ幸いです。
短編 闇の国のアルマ
暖かい春の陽気に包まれながら、脈々と茂る木陰に一組の男女が並ぶ様に腰掛けていた。ただ、それは想い人同士が一緒にいる訳ではなさそうだった。
「ディリータ……」
と、アルマは深緑の髪の毛を揺らし弟のディリータに顔を向け、声をかけた。
「なんだい……? 姉さん」
十近く年齢の離れた姉のアルマに声を掛けられたディリータは、それまで閉じていた瞳をゆっくりと開け、答えた。 ディリータは少年特有の中性的な透き通った声を持っていた。何の変哲もない受け答えの返事ではあったが、それだけでも美しさがある。
「今日の晩ごはん、何にする?」 「ん……パンを少しでいいよ」 「駄目よ、もっと食べなきゃ」 「でも僕たくさん出してもらっても、残しちゃったら勿体ないから……」 「そう……?」
アルマは少し困った様に、首をかしげた。 ディリータはあまり体が強くなかった。見かけは浅黒い肌にがっしりとした体格をしていて、丈夫そうに見えるのだが、生まれつきこの少年は病弱な所があるのだ。 少し前の事だったが、ディリータは風邪をこじらせひどい熱を出した事がある。丈夫な人間ならば直ぐに良くなるのだろうが、彼は長い間ベッドの上でうんうん言っていた。
対して同じく褐色の肌のアルマの方は弟とは逆に線の細い感じのする女性だったが、齢二十六と既に成人してしばらく経ち、一番健康な時と言う事もあって丈夫だったが、両親が物心つく前に他界していると言う事もあり、まだ小さなディリータに対してほとんど母親の様にして接して来た。 アルマ自身も、おそらくはこの歳の離れた弟に、姉というよりも母のような感情を抱いていたのだろう。
それゆえ弟に対してやや過保護な所があって、先のディリータが風邪をこじらせた時など、腕が良いと評判される、数百キロと離れた場所に住んでいる医者まで、わざわざ訪ねた程だった。 こういった事情があるだけに、既に齢十三には達しようかというのに、一向に食欲が出て来ずに少女が食べるぐらいにしか口にしないディリータが、アルマにはたまらなく心配だったのだ。
「じゃあ、パンに、何かスープを作っておくわね」 「うん。できればオニオンスープがいいな」 「わかった、おいしいのを作っておくからね」
……………………
アルマ達はこの世界最大の王国、フェインから少し離れたベリィズという小さな国に住んでいた。フェインとも国交はあったものの、民の少なさから大した生産力を持っておらず、なかば属国の様な形になっていた。 それは万年、この国の王族や貴族の悩みの種であり、また、国民の悩みの種でもあった。王族は強国であるフェインに毎年貢ぎ物を送らねばならず、これがベリィズの財政を大幅に圧迫するため、王族は貴族から、そして貴族は国民から、多額の税を収めさせた。
それより下から搾取する事が出来ない国民は、貧窮に苦しみ喘いだ。さらに都合の悪い事に、どこからか疫病が流入した。 これは人が感染すると、高熱を発し激しい頭痛、嘔吐感をともない、数日と掛からずに死に至らしめる恐るべき性質があった。 これが大陸全土に広まり、生活が貧しい故に満足な治療も受けられない人々は、次々と倒れていった。 二重の苦しみに国民の王族・貴族に対する不信感、というよりも純粋な恨みが募りに募っており、彼らの感情は一触即発の状態にまで達していた。
王国は悩んだ。たとえ今はかろうじて治安が維持されていても、このまま搾取を続ければ、いずれ国民の大規模な暴動を招く可能性が非常に高い。 疫病が蔓延している現在、そんな事が起これば弱小国に過ぎないフェインでは事態に収拾が付けられずに、あっという間に滅びてしまうだろう。
しかし、かといって搾取をやめてしまえば、今度は大国フェインに支払うべき、多額の貢ぎ物を調達できなくなる。我々の世界でいえば中世のヨーロッパに近いこの侵略時代において、なんの利益も生み出さない、弱小の隣国が果たしてどうなるか。 結果は、いわずとも知れている。
そんな中にあって、アルマは宮廷術士団という、ベリィズ王国直属の魔術を研究・開発・運用する、我々の世界でいえば軍隊の兵器開発部門に近い、そんな機関に勤めていた。 実は、この宮廷術士団こそが、進退窮まったベリィズの突破口となりうる、ひとつの切り札を開発していた。 それは不老不死の妙薬であった。 細胞の老化を防ぎ、いつまでも肉体を若く保つ人に永遠の命を与える薬。しかし、この手の薬は魔術を使って生成する物の中でも、人が扱うには荷が重すぎる力を秘めているため、本来は封印されているはずの禁断の黒魔術でしか作れないものだった。
大国フェインですらも恐れて手出ししようとしない黒魔術に、追い詰められたベリィズは、とうとうその封印を解こうとしていた。 だが、もしこれが成功すればベリィズは、フェインをも凌ぐ超大国にのし上がる事ができる。 もはや彼らに残された道は、これしかなかったのだ。
そして研究に参加するアルマには、もう一つの目的があった。それは、弟のディリータの事である。ディリータは、体が弱い。もしも疫病に掛かったら、という恐れが常にあった。 職業が職業であるので、治療代に問題は無いだろうが、魔術と同時に医学の心得も多少なりとも会得していた彼女には、この疫病に掛かったら弟の体力では、持たないだろうという事が理解できた。
アルマにとって、ディリータの死は自分の死よりも恐ろしかった。 なんとしてでもそんな事だけは避けねばならない。そんな時に、不老不死の薬の開発が行われた。 アルマはこれに驚喜し、一刻も早く完成させるべく研究に心血を注ぎこんだ。
だが、研究は思わぬ所で足止めをくう事になる。不老不死の薬を完成させるのに必要とされる魔力が、人間では生み出す事が不可能なレベルだったのだ。 即座に魔力を蓄えた数々の品が持ち込まれたが、やはり薬を完成させるには魔力が足りなかった。
人間すらも上回る程の魔力を持つ存在は、猫が考えられた。この動物は感がするどく、ほとんど伝説に近いが魔女の使い魔としても存在していた記録がある。 だが魔女は無論の事、そんな魔力を持った猫など国中のどこを探しても見つからなかった。
大国フェインならばもっと広大な捜索範囲を設けられるだろうが、現在のベリィズにはこれが限界だった。結局、開発状況に進展はなく、無為な日々が過ぎ去った。 その間にも疫病は広まりついには国民の感情は我慢の限界を通り越そうとしていた。
そして悲劇が起こった。
……………………
「アルマさん、アルマさん!」
息を切らせた一人の若い男が、アルマの勤める研究室に飛び込んできた。彼は新米の宮廷術士であった。アルマとは比較的、話が合うらしく彼女が弟を目に入れても痛くないほど可愛がっているのも、知っていた。 男の焦った声にアルマは驚いて振り向くと、
「一体、どうしたの?」
と、いった。 若い男は額に吹き出した汗をぬぐいつつ、つとめて冷静を装おった。
「落ち着いて、聞いてください。今しがた急報が届いて、弟さんが、例の疫病に掛かったと……」 「な……なんですって!」
言葉を最後まで聞かぬ内に、アルマは男を押し退けて我が家へと走った。何も考えられなかった。考えようとしても、頭が真っ白になるだけで、動くのは自分の脚だけだった。 ほどなくして、家に着いた。アルマは蹴やぶる様にして木製のドアを開く。
「ディリータ!!」 「静かに、せんかっ」
家には、既に王国直属の医者が着いてディリータの様子を看ていた。報告を受けた新米宮廷術士が、真っ先に連絡をしていたのである。 だが、医者の表情は優れない。理由はアルマにも解りきっていた。健康な人間ですらも簡単に死に追いやってしまうこの病に、貧弱なディリータが耐えられる訳がないのだ。 肩で息をするアルマは、両の膝を折ってその場に崩れおちた。
「どうして、どうしてディリータが……」 「姉さん……」
泣きじゃくるアルマに、苦しそうだがかろうじて意識を保っていたディリータが、話しかけた。
「そんなに、泣かないで……解ってたんだ。こうなるのは……友達も何人も死んだ。体の弱い僕が病に掛かるのは、時間の問題だって」
アルマは、かすれる様な声で何度もつぶやいた。
「薬……不老不死の、薬さえあれば」 「不老不死かぁ。そんなのがあったら、良かったのにね……」 「あるのよ、本当に! 完成さえしていれば、完成さえ」
「はは。じゃあさ……それが完成したら姉さんが飲んでよ。本で読んだんだけど……東の大陸では人間は死んだら輪廻転生して生まれ変わるって考えられてるらしいんだ。 だから……そうすれば、いつかまた再会できるかもね……」
ディリータは苦しそうだったが、それでも冗談でこの姉を励まそうとした。 だが、この言葉が後までにアルマを狂気に走らせる事になろうとは、彼は想像だにしなかった。惜しむべきは、ディリータが黒魔術について無知であった事だろう。 本当に薬が作られると信じていれば、姉の性格を知っているディリータはこんな事は言わず、結果は変わったかもしれない。しかし、運命の歯車はすでに動き出してしまっていた。
「……」
……………………
そして一週間が過ぎ、懸命の介護もむなしくディリータは息を引き取った。それからと言うものアルマは魂が抜けた様に、自宅に閉じ篭るようになった。 何度も国の使いが来たが、彼女は取り合おうともしなかった。 食事すらもろくに取らず、アルマは次第に痩せ細っていった。
「私も死んでしまえば、ディリータに会いにいける……」
アルマはそう、うわごとの様に毎日つぶやいていた。 そんな中、激しくドアを叩く音がした。それはいつも様子を見に来る時のノックではない。不快な音に、アルマはゆっくりとドアに近づき、
「だれ……?」
と、いった。
「アルマさん、た、大変です!」
ドアを叩く主は、あのディリータの急報を知らせに来た新米の宮廷術士だった。 震える様な声で新米宮廷術士はいった。
「国民が、とうとう暴動を起こしたんです。彼らの中の急進派が、王国に関わる者すべてを粛正するとして、保守派の意見を退けて決起したらしくて……!」
とうとう来るべき時が来た、ならば、自分もその業火に焼かれてしまえば良い。と、アルマは思った。 しかし、ふと、とある事を思い返した。弟、ディリータの言葉である。彼は不老不死の薬を飲んで、いつか自分が生まれ変わった時に再会できるかもしれない、といっていた。
そう考えた瞬間、アルマの心にめらめらと狂気の炎が栄えはじめた。
「ねえ……ここに来たって事は、万が一に備えて不老不死の薬の試作サンプルも、小分けにして持ってきているわね?」 「えっ、ええ。確かに、研究室を襲撃された時の事を考えて、小分けにしたサンプルがひとつ持たされてますが……」 「私に、譲ってくれないかしら……」
先ほどまで今にも消えてしまいそうだったアルマの声が、艶を帯びた様になっている事に新米宮廷術士は気づいていなかった。
「は……はい、構いません。元々アルマさんが持つはずだった分を、僕が持たされた訳ですし」
そう答えると、ふいにドアが開いた。 中から出てきたアルマの姿と形相を見て、新米宮廷術士はぎょっとした。衣服は何日も替えていないのか、よれよれになって、深緑の髪はぼさぼさ、顔にはクマができて憔悴しきった表情になっており、まるで浮浪者の様な風体をしていたのである。
「さ……ちょうだい……」
と言って、ぬうっと前よりも細くなった腕を伸ばして、手を差し出した。
「ひいっ……!」
新米宮廷術士には、それがまるで地獄から伸びてくる悪魔の腕の様に見えて、おもわず悲鳴をあげてしまった。投げる様に薬のサンプルを渡すと、彼はその場から逃げるように去っていった。
そして薬を受け取ったアルマは、既に火の手が上がっている街を見上げる。暗くなった空に、炎の色が凄惨なまでに美しく浮かんでいた。 それを認めると、アルマは不気味な笑みを浮かべると街とは反対の方向へ向き、闇の中へと去ってゆくのだった。
その後、クーデターは成功しベリィズの王族・貴族は滅んだが、領地を広げるチャンスと踏んだフェインの軍隊によって鎮圧され、革命の夢はついえた。ベリィズと言う国はなくなり、そしてフェイン国の一部として統治下に置かれる様になったのだ。 この間さまざまな情報が交錯していたが、誰もその中にアルマの姿を見たと言う者はいなかった。
そしてこの数年後、アルマはフェイン国に再び姿を現し、この大国を滅亡へと導く事になる――。
闇の国アルマ 完
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