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- 機械仕掛けの左腕 第一話 - Shin [1/4(Wed) 3:30]
機械仕掛けの左腕 第二話 - Shin [1/4(Wed) 3:41]
機械仕掛けの左腕 番外編 - Shin [1/4(Wed) 3:44]
機械仕掛けの左腕 第三話 - Shin [1/4(Wed) 3:52]
”each”(機械仕掛けの左腕 外伝) - Shin [1/4(Wed) 4:00]
あとがき - Shin [1/4(Wed) 4:06]
オマケ・裏設定 - Shin [1/19(Thr) 6:51]



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機械仕掛けの左腕 第一話
Shin [Mail]
1/4(Wed) 3:30
その男は、盗賊だった。
誰もが嫌う「泥棒」行為を繰り返していた。
しかしハンターとしての腕は良く、「裏」に生きる人々の内では名の通っていた男だった。

彼の名は「クレイ」。
後に「豪刀」ゾークに並んで噂になるほどの者である。
これは、そんな彼が盗賊を辞める決意をした出来事を記した物語だ…



「…チッ、今日はロクな物が無いな…」
ここは坑道エリア。
彼はいつものようにハンター達の「落し物」、つまり倒れたハンターの遺留品をあさってまわっていた。
無論、この行動には彼自身にも危険が伴う。
しかし彼は「腐ってもハンター」。
愛用の青い両剣で邪魔する物は切り払っていた。
無論、これも奪った物なのだが…

最後までエリア探索を終えたところで、彼はエリアマップを確認した。
マップの中央部分に大きな空白があるのが確認できる。

「お…?全部見てまわったつもりだったんだがな…」

盗賊にしては几帳面な彼がその大きな空白を見逃す理由はなかった。
一通りその部屋の周りを確認してみたが…
すべての扉にはロックがかかっていた。
どうやら何者かにロック装置を破壊された形跡が確認できた。

「…クサいな」

彼は盗賊。
このような扉を開くことなど造作も無いことだった。

バチバチッ!!

スパークの後にゆっくりと扉が開かれていく…

しかしそこには彼の期待したような物はどこにも無かった。

代わりに彼が見たものは。


残骸。
おびただしい数の残骸。
マップ中央の空白部分をいっぺんに埋めてしまうような広さのその部屋の中には、足の踏み場も無いほどの敵の残骸が転がっていた。

「…なんだこりゃあ…?」
さすがの彼も驚きの声をあげる。
これだけの敵を相手にすれば、どれだけ優秀なハンターが相手にしたところで、歯が立たないだろう。
「…こりゃあいい物にありつけそうだぜ…」
彼はその残骸の原因となったハンターが生き残っているはずは無い、そう確信した。
部屋の全ての扉にはロックがかかっていた。
にもかかわらず残骸があるということは、大方誰かが落とし込まれたのだろう。

「裏切り…か。あんまり好きな言葉じゃねえな…」
そういいながら残骸の上を歩いていこうとした、そのとき…

…マップの中に一つの矢印が確認できた。

「…な!?誰か生きてやがるのか…!?」
彼は慌ててあたりを見まわした。
そして反応のあった場所。
部屋の奥に彼が確認した物は…


一体のヒューキャストであった。
しかしその姿は見るも無残な姿に成り果てていた。


右腕がちぎれ飛んでいた。
ただのワイヤーとコードの束が代わりにぶら下がっている。
足も失っているようだった。
どうやらギルチックの足をうまく加工して自分に取り付けているようだ。
ボディの装甲はほとんどが剥げ落ち、剥き出しになった内部がバチバチと火花をあげていた。
左手には故障しているのか、片側だけフォトンの発生したソードが握られていた。


とても動いているとは思えない。
しかし反応はたしかにあった。
その姿は痛々しく、戦慄のような物を覚えるほどだった。


恐る恐る彼は近寄ってみた。
すると。

「…マスターですか…?」
「うおっ!?まだ動いてやがる!」

そのヒューキャストはゆっくりと顔を上げ、クレイを確認するとこう言った。
「…マスターでは無いようですね…」

しばらくあっけにとられたあと、クレイは話し掛けてみることにした。
「おい…大丈夫なのか…?」
「…はい。動力部分の損傷はかろうじて免れております。どちら様かは存じませんが、お心遣い、感謝いたします…」
「い、いや、それは別にいいんだが…」

ガリガリと雑音の混ざった音声で、そのヒューキャストは話していた。
確かに、信じられないが、まだ彼は「生きていた」。

「待ってろ、確かトリメイトを持ってきてたはずだ…」
クレイは自分のアイテムパックをごそごそとあさり出した。
しかし、そのヒューキャストは落ち着いた声でこう言った。
「私は旧型ですので、パーツの交換ができない限り、修復は不可能です。お心遣いに水を差すようで申し訳ありません。」

クレイはその手を止めて、再びヒューキャストを眺めた。

…なるほど。確かに治る訳ないな…。

「…お前、名前は?」
「名前ですか?マスターに名づけられた名はディヴァインと申します。」
「ディヴァインか。よし、待ってろディヴァイン。メディカルセンターに行けば予備のパーツくらい交換してもらえるはずだ。」

盗賊という家業に身を置いていた彼も、さすがにその姿に同情を隠しきれなかった。
「俺が連れていってやる。ほら、肩」
「恐縮です…」
クレイはテレパイプを使い、パイオニア2へ足早に戻った。



パイオニア2の居住エリアの中、ディヴァインを背負ったクレイが重たそうにズルズルと歩いていた。

盗賊仲間がニヤニヤしながら声をかける。
「よおクレイ!今日の収穫はスクラップかい?」
「…うるせえな、俺が何拾って来たって俺の勝手だろうが!」
「おお、怖い怖い…。へへへ…」

こんな街のど真ん中でこんな物を背負って歩いていれば、嫌がおうにも目立つというものだ。
人々の視線がクレイに集中する。
そんな中、クレイはただ無言でディヴァインを運んでいた。

「…申し訳ありません…。どうやら私のせいで…」
「気にすんな。見たい奴には見せておきゃあいいのさ。」

少しの間を空けたあと、ディヴァインがクレイに静かに話し掛けた。
「…そういえばお名前を聞いておりませんでしたね。」
「俺か?俺はクレイ。けちな盗人だ。はははは!」
「…クレイ様ですか。ありがとうございます。」

さすがに人間にアンドロイドのボディは重たく、メディカルセンターにつくまで随分と時間がかかってしまった。


「よう!急患だ!こいつを急いで治してやってくれ!」
メディカルセンターに入るやいなや、大声でクレイはそう言った。
看護婦たちが背中のディヴァインを見て、忙しく動き回り始める。

「こちらへどうぞ!」
クレイ達はアンドロイド用のメンテナンスルームへと案内された。
「こちらの作業台に寝かせてください。」
クレイは重たいディヴァインのボディを持ち上げ、作業台の上に乗せた。

「ありがとうございます。あとはこちらで処置しますので、お外でお待ち下さい。」
「あいよ。ディヴァイン!スッキリしてこいよ!」
「…ありがとうございます」
こうしてディヴァインの修理が始まった。

しかし、時間がたつこと約一時間。
わりと早めに看護婦が部屋の中から出てきた。

「お?やけに早いな。もう終わったのかい?」
「いえ…あの、大変申し上げにくいのですが…」
クレイの耳に入った知らせは、信じられない内容だった。


「なにぃ!?修理できない!?」

クレイの突然の怒鳴り声にメディカルセンターの中が一瞬静まり返る。

「…はい。型式が随分と古い物のようでして…。すでに生産中止になったパーツばかりが必要になってしまうんです…。」
看護婦が申し訳なさそうに言った。

「新型で間に合わせられないのか!?」
「それが…、あまりに古い型なもので、ジョイント部分もまるで違うのです…。」
「…どうにもならないってことなのか?」
「…はい。何があったかは知りませんが、後はシステムがダウンするのを待つばかりです…。」

少し考えると、看護婦にもう一度質問する。
「記憶をバックアップするとかできないのか?」
「それは政府に禁じられてれていますので…」
「…なんだよそりゃあ…」
唖然としたまま、ため息と同時にクレイが言う。


しばらくの沈黙のあと、看護婦がゆっくりと話し掛けてきた。

「…あの、それで、システムがダウンするまであと30分足らずなんです。せめて最後を看取ってあげてくれませんか?マスターさん…」
「あ、いや、俺は違うんだが…」

看護婦の導かれるがままに、クレイはメンテナンスルームへと案内された。


そこには先ほどとまるで変わっていない、ディヴァインの姿があった。

「…クレイ様、申し訳ありません…。」
ディヴァインが先ほどと変わりない雑音まじりの声で言う。
「…お前が謝ることは何もないさ…。」


しばしの沈黙。
クレイは気になったことを切り出した。

「…看護婦は随分旧型だと言っていたが、お前一体どのくらいの間あの部屋にいたんだ…?」

しばらく考えるような時間をあけたあと、ディヴァインがゆっくりと語り出す。
「…全部で2年と1ヶ月24日、13時間52分になります。」

クレイは声をしばらく出すことができなかった。
2年。
そんな長い間彼はあの部屋で戦いつづけていたというのか。

「…いったい誰があんたを落とし込んだんだ?」
「落とし込んだ、ですか…。まあ、信じたくありませんが、そうなのかも知れませんね…。」
ディヴァインの声が急に悲しげになった。

「…あえて言うとするなら…、マスターです…。」
「な…?」


「…2年前…」
ディヴァインはゆっくりと、落ち着いた声で、しかしどこか悲しげな声で語り始めた。

「…約2年前、私はマスターとご一緒にあのエリアを探索していました…。」


ディヴァインの話は、次のような内容だった。
ある程度探索が終わったところで、いったん街に戻ることになった2人。

しかし探索を再開しようとするとき、その「マスター」の男はしばらく待っておけ、と言い残し、一人で坑道に向かった。
しばらくするとリューカーによってパイプが開かれ、降りて来い、との連絡があった。

そのとき何故か、テレパイプはすべておいて来い、と言われたそうだ。
言われるがままにテレパイプをすべておき、マスターの元に降りてみたところ…

そこには敵の大群があった。
そしてディヴァインが到着した瞬間、「マスター」は自らのパイプで消えうせた…。


それから2年間、マスターが再び戻ってくることを信じ、彼は戦いつづけた。
部屋の扉には全てロックがかかっており、部屋から脱出するのは不可能だった。
生き残るすべは、普通の者ならあきらめて死を覚悟するような敵の大群に、打ち勝つ。
それしか残されていなかった。
しかし、2年もの死闘の間、マスターからは何の連絡もなかった。


彼は気付いていた。
そう、自分は捨てられたのだ、と。


でも旧型の彼にはマスターを待ちつづけることしかできなかった…。



…なんとも残酷な話だ。
クレイの目にはうっすらと涙がうかんでいた。

「ディヴァイン…お前、俺が来なかったら…まだ待つつもりだったのか?」
「…はい。そうすることしか、私にはできませんでしたから…。」

「辛かったろう…?そんなボロボロになるまで戦って、必死で生き抜いても、信じている人は現れなかったわけだ…。」
「…いえ、最後には、辛くはありませんでした。」

タイムリミットが迫っていた。
「私は、あなた様にこうして会うために、作られてきたのかも知れません…。」


徐々にディヴァインの目から光が失われてゆく。
「まて!ディヴァイン!最後に、最後にそのマスターの名前、教えてくれないか!?」
「…わかりました。私の“元”マスターのお名前ですね…?」
「…え?」
「彼の名前はグラハム。グラハム=ルーベンスです、マスター。」

彼の言動には、一つありえないことがあった。

マスターの変更。
これは最近になって従属型アンドロイドについた機能で、2年前に生産されていたアンドロイドにそのようなことはありえなかった。
いや、あってはならなかった。
プログラムの命ずるままに動く彼らに、その命令に背くことなんてできはしないのだから。


信じられないような、嬉しいような、悲しいような。
そんなわけの分からない感情のまま、クレイはディヴァインをただじっと見ていた。

「マスターって…お前…」
「ありがとうございました、マスター。何もお役に立てないままでしたが、私の体はもう動かなくな…って…し…」


振り絞るような言葉を言いきることなく、ディヴァインの目から完全に光が失われた。
そこにはただのスクラップとなってしまったディヴァインの体だけが残されていた。




…数時間後、街の中にもう一度ディヴァインを担いだクレイがいた。
しかし、今度は誰も声をかけようとはしなかった。
彼の表情には、深い悲しみと、今にも爆発しそうな激しい怒りの感情が誰にでも見て取ることができたから。

クレイは預り所の前まで来ると、担いでいた物をカウンターの上に置き、こう言った。

「俺の大事な物だ。しばらく、こいつを預っててくれ。」






あれから2ヶ月後。
クレイは人を探していた。
この広い宇宙船の中で、たった一人のその人物を探すことは不可能に近かった。
しかし、彼は探し当てていた。
探し人の名は…


「グラハム=ルーベンス」。


ようやく探し当てた情報によると、グラハムは今現在森エリアに探索に行っている、とのことだった。

クレイは一人、森へ向かった。
その手には、何故か壊れたソードのみが握られていた。



「グラハム=ルーベンスだな…?」
森で出会ったハンターにクレイはそう問い掛けた。

「ん…?なんだお前は…?」

グラハムの横には、新品のパーツで固められたレイキャシールが立っていた。
クレイの敵意を察知し、手に持ったライフルを構えている。

「…ディヴァインというヒューキャスト…覚えてるか…?」
クレイは壊れたソードのスイッチを入れながら尋ねた。
「ディヴァイン…?ああ、俺が昔使っていたポンコツのことか。」

その言葉を聞いた瞬間、クレイの手に力が入る。
が、それにあわせてレイキャシールのライフルの銃口もクレイに向けて定められる。

「…おいおい、なんだってんだ?あんた。あれはもう随分昔に廃棄処分した奴だぜ?今はほら、この可愛い奴が俺の相棒さ。なあ?マリア。」
「…Yes、マスター…」

マリアと呼ばれたレイキャシールは単調に答えた。
どうやらただマスターに従うだけのプログラムがされているようだ。

「ディヴァインはあんたを信じて、あの修羅場を2年も生き抜いていたんだ!廃棄処分だと!?いいかげんにしろ!!」
クレイが一歩踏み出した瞬間、マリアのライフルがフォトンを発射する。
クレイの足元には、頭の大きさくらいの穴がぽっかりと空いていた。

「ははは!やめておいたほうがいいぜ。そのライフルはちょいと手が加えてあるんでね。」
マリアの後ろで自慢げに笑うグラハム。
その前に立ちふさがるレイキャシールは、もはやただの操り人形でしかなかった。

グラハムが続ける。
「大体、俺があいつを置き去りにしたって、別に法律でひっかかるわけじゃないんだぜ?俺はマスターだったし、あいつの所有者でもあったんだ。捨ててこようが、バラバラにしてうっぱらおうが、それは俺の自由ってもんだ。まああいつがあの装備で2年も粘るなんて思ってもみなかったがな。」

ニヤニヤしながらグラハムは語りつづけた。
「まさかあんた、あのポンコツに情がうつっちまったのか?物好きな人だねぇ。あははははは!!」


高らかに笑うグラハム。

今すぐぶった切ってやりたいが、それでは重罪になってしまう。
それに、あのレイキャシールのライフルをモロに食らってしまってはひとたまりもない…


クレイはゆっくりと腕をおろすと、ソードのスイッチを切った。

「そうそう、世の中うまく渡っていかねえとなあ。長生きできねえぜ?」

「…長生き、か…」
クレイはフォトンの消えたソードを地面に突き立てた。
しかし、彼の右腕にはまだ力が込められていた。



次の瞬間。
クレイは飛び出していた。

「うおおおおおおおおお!!」
右手に渾身の力を込め、グラハムをめがけて突っ込んでいくクレイ。
しかしその行動をマリアが見逃すはずはなかった。

バシュ!

マリアのライフルが再びフォトンを打ち出す。
今度は間違いなくクレイにむけて放たれていた。

しかし、クレイは迷うことなく左腕を差し出した。



血しぶき。
ちぎれ飛ぶ左腕。
しかし彼はひるむどころか、勢いを増してグラハムに飛び掛っていった。

渾身の右を振り下ろす。


グラハムは素手で殴られたとは思えないほど吹き飛んだ。


気を失っているグラハムに駆け寄るマリア。
どうやら何箇所か骨折しているらしく、すぐに応急処置が始まった。


左腕からボタボタとおびただしい血を流しながら、クレイはアイテムパックからテレパイプの束を取り出した。
そしてグラハムに思いっきり投げつけた。

バラバラになって散乱するテレパイプ。
クレイはグラハムを尻目に、ゆっくりと街に向かって歩き出した…。





街は騒然となっていた。
左腕を失った男が、ふらふらと歩いている。
並大抵の人間ならすでに失神、あるいはショック死しているだろう。
クレイはメディカルセンターには向かわず、まず預り所に向かっていった。


「…悪いな。預けてた俺の宝、返してくれねえか…」


クレイはディヴァインの「亡き骸」を背負い、ようやくメディカルセンターへ向かっていった。
クレイが歩くたび、左腕があった場所から血が噴出す。
まるで目印でもつけているかのように、クレイの歩いた場所にはおびただしい量の血痕が残されていた。



メディカルセンターに着く。
騒然となるセンター内。
慌てて看護婦が駆け寄ってくる。

「治療ですね!?すぐに再生させますんで、早くこちらへ!!」
治療室へ運ぼうとする看護婦の手を、クレイは右手で払いのけた。

「治療じゃねえ…。メンテナンスルームに連れて行ってくれ…。移植、頼めるか…?」








…それからしばらくすると、ゾークに続く腕利きのハンターが名をはせるようになった。


彼の名は「クレイ」。


何故か左腕がヒューキャストのもので修復されており、片刃の壊れたソードを愛用している。

しかしそんな彼を強く慕う者は、何故か大勢いるという…
レスをつける


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機械仕掛けの左腕 第二話
Shin [Mail]
1/4(Wed) 3:41

“パートナー”。

どんなに腕の良い者でも、必ず良きパートナーがいるものである。
あのゾークでさえ、シノというアンドロイドが死の間際までそばにいたと言われている。

無論、その男にもパートナーがいた。
これは、その二人の出会った時の出来事を記した物語である…



「おい、あのクレイが街にきてるらしいぜ」

街を歩いているとどこからかそのような話し声が聞こえてくる。
ハンターズギルドの腕利きハンターとして名をはせていたその男は、何らかの動きを見せるたび、噂話となっていた。


話にあがっている男はグラハム傷害事件を起こし、裁判にかけられたものの「無罪判決」という結果をおさめている者である。
告訴したグラハム=ルーベンス側の非人道的な過剰防衛、というのが理由だった。
逆にグラハムが刑を受けるという異例の結果に終わっていた。

彼の名は「クレイ」。

愛用するその武器が壊れたソードだけだということから、「豪刀」ゾークを超えた存在である、という噂が流れるほどの実力者である。

そんな彼に尊敬、あるいは憧れという感情を抱くハンターは少なくなかった。



「はぁ〜…、またやっちゃった…」
ショップの中からがっくりとうなだれた一人のフォニュエールがトボトボと歩いてきた。
「なんでこう、いつもいつも売る物まちがえちゃうのよお…。こんなんじゃ、クレイさんなんて夢のまた夢ね…」

探索で入手したアイテムを売却し、メセタに替えるという行為は、ハンターズの者ならばほとんどの者が行っていることである。
が、時々必要なアイテムまで間違えて売却してしまう者がいることもある。

彼女はその常習犯であった。
名をシヴァン=ステールンという。
彼女もまた、噂のハンター「クレイ」を慕う者の一人だった。

「だいたいこのアイテムパックの構造が悪いのよ…」
うつむいてぶつぶつと独り言を言いながら歩くシヴァン。
一体何が起こったのか、周りの者も漂う哀愁でうかがい知ることができた。


…ドン!


「きゃっ!!?」
ショップを出たところで、シヴァンは何者かとぶつかり、突き飛ばされた。
先ほどアイテムを売却して得たメセタが床にバラバラに散らばってゆく。

「…ったあ〜い!もう、誰よ!」
しりもちをついた状態でシヴァンはぶつかった相手を見上げ、怒鳴りつけた。

「わりぃ。ちょっとよそ見してたんでな。」
そこには背の高い一人のヒューマーが立っていた。
「今すぐ拾ってやるよ。ちょっと待ってな。」
彼は手に持っていたソードを地面に下ろすと、散らばったメセタを手際良く拾い始めた。

「…早くしてよね…」
自分はあえてなにもしようとせず、しりもちをついたままシヴァンが催促する。


シヴァンはそのヒューマーの様子をじろじろとうかがっていた。
そのヒューマーは、銀色の髪を頭の上で束ね、グレーのスーツを身にまとっていた。
「…全身灰色?趣味悪いわねぇ…」
「ほっとけ!」
ぶつかられたことで気分を悪くしたシヴァンは、少しでもこの男をけなしてやろう、そう思い、彼の容姿を観察し始めた。

東洋風の顔立ち。
ひきしまった体。
異様に力強く見える右腕…。

「…どこかで見たことあるような…?」
「ん?そうか?ほら、立てよ。」
メセタを拾い終わると、ヒューマーは左手をすっと差し伸べた。

「…え?」
…彼女は伸ばしかけた手を止め、彼の手を取るのに戸惑った。
今彼女の目の前にあるのは、白い旧型のヒューキャストの腕。
なぜ?
彼は人間だったはず…


「…あああああああああああああ!!?」
次の瞬間、シヴァンはヒューマーを指差して叫んでいた。
まわりにいた他の人々も、声のほうにいっせいに注目する。
「あなたもしかして…クレイさん!?」

そう、彼こそ自分の目標とする噂のハンター、クレイその人だったのだ。
あたりにいた人々が少しざわめき始めた。

「…おう。なんだ、俺もいつのまにか有名になったもんだな。」
クレイが少し驚きの表情を見せる。
「有名も何も…、って、あ!」

慌てて立ちあがるシヴァン。
「し、失礼しましたあ!」
立ちあがるや否や、ふかぶかとお辞儀をするシヴァン。
いつのまにか、二人の立場がまったく逆になっていた。

「あの、わたしぼーっとしてて、それで…」
必死に弁明しようとするシヴァンに戸惑いつつクレイが言う。
「おいおい。ぶつかったのは俺のほうだぜ?なんで俺が謝られなきゃ…」
「と、とにかく、私が悪いんです!」

クレイは少々苦笑いをしつつ、自分のギルドカードを取り出した。
「あ〜もう、わかったわかった。俺はこれからちょいと急ぎの用があるから、もう行ってもいいか?とりあえず、こいつ渡しとくわ。」

クレイは自分のギルドカードをシヴァンに差し出した。
シヴァンは差し出されたカードをしばらくぼんやりと見つめたあと、両手でゆっくりと丁寧に受け取った。


「…あ、ありがとうございます!」
妙に輝いた目をしたシヴァンがクレイを見上げて言う。

「なんかあったら連絡してくれ。じゃあな」
ソードを拾いながらそう言うと、クレイは中古ショップの中へと消えていった。


しばらくその場に立ち尽くすシヴァン。
「すごい…。私、本人に会えたよぉ…」
独り言のようにポツリとつぶやく。
その手には、しっかりとギルドカードが握られていた。



「…あ、あれ…?」
ふと、シヴァンは一つ忘れていることに気がついた。
「あ、まってぇ!クレイさぁん!私のお金ぇ!!」
クレイの入っていったショップの中に、シヴァンは慌てて入っていった。




中古ショップの中。
薄暗い雰囲気のその店の中には、珍しい物や小汚い物まで、さまざまな物が置かれていた。


妙に辛気臭い店主が、入ってきたシヴァンをにらみつけるようにうかがう。
シヴァンはあたりを見まわしたが、クレイの姿は見当たらなかった。

「…何かお探しかね…?」
ボソッと店の店主が尋ねた。

シヴァンは慌てて店主の方に向き直り、質問を返した。
「あ、あの、ここにクレイさん、来ませんでしたか…?」

店主は眉間にしわを寄せながら答えた。
「なんだ、客じゃないのか…。あの人には、奥にある物置貸してやってるんでね。アンタ知り合いかい?そこの扉から物置にいけるよ…」

店主はそう言うと、隅のほうにある扉を指差した。
「あ…、はい、わかりました…」
申し訳なさそうにシヴァンは部屋の奥へと足を進めていった。



薄暗い廊下が続く。
所々にある小さなランプだけが唯一の道しるべになっていた。
廊下にはシヴァンの足音だけが静かに響いていた。

「なんだよここぉ…」
恐る恐る奥へと足を進めるシヴァン。
しばらく進むと、ぼんやりと明かりのついた場所が確認できた。

どうやらあそこが物置らしい…

いきなり出て行くのも悪いと思った彼女は、そっと中の様子を覗いてみることにした。

ぼんやりと闇に浮かんだクレイの顔が見える。
その奥には、何か人影のような物が見えた。

パチッとスイッチを入れる音。
物置の中がふっと急に明るくなる。

クレイの前には、ボロボロの白いヒューキャストが座り込んでいた。
しばらく向かい合うように座って、ぼんやりとそのヒューキャストを眺めるクレイ。
ふと思い出したように、クレイはアイテムパックからごそごそと何かを取り出した。

「ほら、今日はこのパーツを見つけてきたぜ…」
クレイが取り出したのは、旧型ヒューキャストの胸の部分の装甲であった。
クレイがその部品をヒューキャストに押し当てると、ぱちりと小気味良い音が響く。

「よし、ぴったりだ。」
クレイはどこからか持ってきた工具で、装甲の装着を始めた。

その作業をぼんやりと見つめるシヴァン。
そんなとき、クレイが作業をしながら唐突に口を開いた。
「…で、アンタは何しにきてんだい?」

「え…、え!?あ、はい!」
慌ててシヴァンが部屋の中に入ってくる。
「えっと…、あの、まず、のぞいてて、すみませんでした!」
シヴァンはペコペコと頭を下げた。

「ああ…、まあいいから、何の用だい?」
クレイは作業の手を止め、シヴァンに向き直った。
「カードは渡したはずだけどな…?」
「あ、カードはもらいましたけど…その…」
言い辛そうにシヴァンが口篭もる。

「その…お金をまだ…」

「あ…ああ!いけねぇ!」
クレイは慌ててアイテムパックからシヴァンのメセタを取り出した。
「わりい、急いでたからな。肝心な物を忘れてたな、はははは!」
シヴァンはクレイからメセタを受け取ると、ぺこりと軽くお辞儀をした。


クレイは再び作業を始めていた。
良く見てみると、ヒューキャストには左腕がなく、所々に修復されたようなあとが確認できる。

白いボディのヒューキャスト。
どうやらクレイの左腕も、同じ型式の物のようだった。
シヴァンはふと、昔耳にしたクレイの噂話を思い出した。



“クレイは助けられなかったヒューキャストの左腕を、自分の腕に移植しているらしい。そのヒューキャストというのが…”



「…もしかして、それってディヴァインさんですか…?」
シヴァンは思い切って質問してみた。

クレイはその言葉を聞くと、突然作業の手を止め、シヴァンのほうを向く。
「…なんでしってるんだ…?」

クレイの表情がそれまでの穏やかな表情から一変した。
にらみつけているわけではない、しかしどこか威圧感のある目でシヴァンを見ていた。

そんなクレイに少しおどおどしながらも、小さな声でシヴァンは答えた。
「いえ…、その、噂で聞いたもので…」

クレイの表情がふっともとの穏やかなそれに戻る。
「噂…?こいつのことまで噂になってんのか?」
クレイはヒューキャストの方に向き直った。


クレイはぼんやりとヒューキャストを眺めながら、シヴァンにゆっくりと語りだした。

「…ああ。確かにこいつはディヴァインだ。見ての通り、随分と旧型でな。ちょっとしたパーツを探すだけでも一苦労だ。」

クレイはゆっくりとディヴァインの横に歩いていくと、その横に腰掛けた。
「自分でもなにしてんだか、訳わかんないんだ、実は。たった数時間しか関わりのないこいつの為に、なんでこんなに必死になってんだか…。」

軽く苦笑するクレイ。
シヴァンはそんなクレイをただぼんやりとしながら見ていた。


アンドロイドは、メインのシステムがダウンしてしまうと、あとはいくら修理しようが動くことはない。
人間でいう、「死」がそれである。
ただ一つの方法として、購入する際にマスターにのみ渡される「マスターシステム」を用いて、システムの再構築を行うという手段もある。
しかしその場合には、以前の記憶が残っている保証はなくなってしまう。


「…おっと!ちょっと長いことしゃべり過ぎちまったな。」
何かを思い出したようにクレイが立ちあがった。

「またこれからちょっとした用事があるんでな、悪いが今日はもう帰ってくれねえか?」
その言葉を聞いて、シヴァンはふっと我に返った。
「…あ、わかりました。おじゃましましたぁ…」
ぼんやりしたまま、シヴァンはもと来た薄暗い廊下をゆっくりと歩いていった。



居住エリアの片隅で、ぼんやり空を見つめているシヴァン。
彼女の心の中には、一つ引っかかっていることがあった。

「…あのパーツ、どこで手に入れてるんだろ…」

旧型のパーツなど、メディカルセンターでさえ扱っていない代物なのだ。
無論、どんな店にも置いていることすら珍しい。
手に入れる方法があるとすれば、それは…

「…盗賊は辞めたって聞いたけどなあ…?」
クレイは元盗賊。
グラハムの事件をきっかけに足を洗ったと聞いている。
しかしシヴァンの頭の中には、“盗む”という行為しか思い浮かばない。

気になったシヴァンは、なんとなくクレイのカードをチェックしてみた。
…と、すぐ近くに反応がある。

顔を上げてみると、準備を整えたクレイが転送装置にむかっていた。
どうやら、どこかに探索に出かけるらしい。

シヴァンはこっそりとあとをつけてみることにした。




坑道エリアの中。
クレイの実力は噂にたがわぬものであった。

敵が現れるや否や、その手にしているソードで一閃する。
無駄な動きなどどこにも見つけることができない。

武器は確かに壊れたソードだ。
しかし、まるでそれ以上の高級な武器をあつかっているような強さだった。

そんなクレイに唖然としながらも、シヴァンはこそこそとあとをつけていった。


しばらく進んだところで、クレイが急に足を止める。
クレイの前には、破壊されたヒューキャストが横たわっていた。

まさか…?
シヴァンの脳裏に、最悪の結果が思い浮かぶ。
噂の英雄は、まだただの盗賊だったのだ、と。

工具を取り出し、ヒューキャストのパーツの一部を取り外し始めるクレイ。

「大変だぁ…!」
このことを誰かに伝えようと、シヴァンがそっと足を動かしたそのとき…

…カツン!

シヴァンの足元に落ちていた金属片が足にあたり、静かな坑道内にその音が響きわたった。
無論、それに反応してクレイも振りかえる。

シヴァンの姿を確認したクレイの表情は、驚きと、何か別の感情もあるように感じた。


「やっぱり…そうだったのね…。まだ盗賊やめてなかったんじゃない!」
シヴァンが振り絞るような勇気でクレイに叫ぶ。
「この、ハイエナハンターッ!!」

シヴァンの足はカタカタと震えていた。
クレイはソードのスイッチをいれながら、シヴァンの方を向く。
「いいか…そこから動くんじゃねえぞ…」
クレイは妙に落ち着いた声で言った。


次の瞬間、クレイはすさまじい速さで飛び出していた。
「きゃっ!!」
思わず目を閉じて身を縮ませるシヴァン。


クレイのソードはシヴァンの頭上を一閃した。

恐る恐る目を開くシヴァン。
目の前にはまだソードを持ったクレイがいる。

「こ、こないでっ!」
シヴァンは反射的にフォイエを放った。

とっさに身構えるクレイ。
しかしクレイは、シールドを装備している機械仕掛けの左腕ではなく、自らの右腕でその炎を防いだ。
炎が勢いよくクレイの右腕を包み込む。
「くっ…!」


今のうちに早く逃げなくては…!

シヴァンは後ろを振り返り、走り出そうとした。
しかしそれは、巨大な障害物によって阻まれた。


シヴァンの目の前には、真っ二つに切り裂かれたギャランゾがバチバチと火花を上げていた。

「はやく!こっちにこい!」
クレイはシヴァンの腕を引っ張り、ゴロゴロと横に転がる。


次の瞬間。

ドオオオオオオオオオォォォォォォォォン!!!

すさまじい爆音とともに、ギャランゾの体から巨大な火柱があがった。





「…お前、俺がまだ盗賊だって言ったよな…?」

ここはメディカルセンターの中。
治癒装置に右腕をいれたまま、横に座っているシヴァンにクレイが話し掛けた。
「俺、まだ盗賊に見えたか…?」

シヴァンは少しにらみつけるような視線でクレイを見据え、質問に答えた。
「あれのどこが盗みじゃないっていうのよ?」

たとえ破壊されたアンドロイドであっても、本人の同意、またはマスターの同意がないと、そのパーツを勝手に持ち出すことは許されていない。
アンドロイドにもまた、自らの意思があるのだ。
政府はアンドロイドの人権も尊重し、そのような法律を取り決めている。

「いくら助けてくれたからって、あのことを黙っておくわけにはいかないわよ!」
シヴァンは自らの目標としていたハンターの行動に、ショックを隠しきれない様子だった。

しかし、そんなシヴァンの様子を見て、クレイが軽く苦笑する。
思わずシヴァンは怒鳴りつけた。
「何がおかしいのよ!?」

クレイはアイテムパックから一つのカプセルを取り出した。
「こいつ、見てみろ。」
クレイはシヴァンにそのカプセルを投げてよこした。

「…何よ?これ」
疑わしい目をしながらも、シヴァンはカプセルのスイッチを入れてみた。
ブンッ…と軽い音を立てると、カプセルから一つの文書が映し出された。

「…あ…」
それはまぎれもない、「許可証」であった。
しかもマスター、本人両方のIDが登録してある。

「ちゃんと全部、許可はとってあるさ。盗んだ物で直しても、あいつも浮かばれないだろうしな。」
クレイはアイテムパックの中身をシヴァンに見せた。

クレイのアイテムパックの中には、回復薬も、テレパイプもなかった。
先ほどの物と同じカプセルが、アイテムパックいっぱいに詰まっていた。

思わず声を失ってしまうシヴァン。
そんなシヴァンを見て、クレイは笑いながら声をかけた。
「あんた、根性あるねえ。結構レベル離れてるのに、俺が怖くなかったのかい?」

少しうつむいて、シヴァンが申し訳なさそうな声で答える。
「そりゃあ…、少しは怖かったけど…」

メディカルセンター内に、クレイの笑い声が響いた。

「いやあ、あんた気に入った!そこらへんのヘッポコハンターより、はるかに強いよ!!はははははは!!」
クレイの笑顔は、本当に嬉しそうだった。
そんなクレイを、唖然と眺めるシヴァン。

笑い終わると、クレイは決心したようにシヴァンに聞いてみた。

「あんた、俺と一緒に組まないか?」





壊れたヒューキャスト、「ディヴァイン」の修理は、二人の腕利きハンターによって順調に進んでいるそうだ。

しかしそんな二人にも、別の「パートナー」と呼べる存在が現れはじめた。

その作業に手を貸す一般の人々が、日に日に増えているのだ。



全ての人が、同じ考えを持っていた。

大切な人には、いつかまたきっと会えるはず、そんな願いを胸に。
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機械仕掛けの左腕 番外編
Shin [Mail]
1/4(Wed) 3:44
すこし晴れた、心地のよい日だった。

森の中、一人の男が地面を悲しそうな目で見下ろし、たたずんでいた。
男の目の前には、土が盛られたようなあとが確認できる。

男はゆっくりと腰を落とすと、手にしていた花束をその前にそっと置いた。

ふっと風が男の髪を揺らす。


「…クレイ、なにしてんの?こんなところで。」
不意に男の背後に一人の少女が姿を現した。


ここは森エリア。
その静かな片隅。
原生生物さえも見逃してしまいそうなその場所は、花が咲き乱れ、木漏れ日が注ぎ込み、蝶が舞い、まるで別の空間に迷い込んでしまったような、そんな美しい場所だった。

男はゆっくりと立ちあがり、少女の方を振り返る。
「…ついてきてたのか。誰にも気付かれないように動いたつもりだったんだがな。」

少し強めの風が吹く。
足元に咲いていた花の花びらが、いっせいに舞い上がった。

そんな中、少女がクレイの背後の物を覗き込みながら尋ねる。
「ねえ、それってお墓…?」

クレイが少しいたずらに笑いながら口を開いた。
「ああ。かわいいシヴァンちゃんには関係のないものさ。」

少女は、少しムッとした表情を見せた。
「なによそれ〜。一応私だってアンタのパートナーなんだからね。隠し事はなしって約束でしょ?」

あきらめたような表情を浮かべながら、クレイはゆっくりと腰を下ろした。
「わかったよ。いつかお前にも話さなきゃいけないと思ってたからな。」

クレイは自分の横の地面を軽くたたきながら言った。
「ほら。少し長くなるからな。まあ座れよ。」

シヴァンは軽くうなずくと、クレイの横にちょこんと腰をかけた。

やさしい風が二人の髪を揺らす。

クレイは少し遠くを見ながら、ゆっくりと語りだした。
「これはお前の言う通り、墓なんだ。墓とは言っても、その人の片腕しか埋まってないがな。」

シヴァンは少し驚きの表情を浮かべる。

「俺はなんだか、左腕っていうのに呪われてるみたいでね。どうも昔から左腕だけに随分と縁があるんだ。」

クレイが少し苦笑する。

「あれはちょうど、5年くらい前だったかな…?」






クレイの胸は高鳴っていた。
自分の手には、憧れのハンターズライセンスが握られている。

自分もついに、一人前のハンターになったんだ。
そのような実感が、やがてこらえきれない感情となり、自分の意思とは別に顔にでてしまう。

「くぅ〜…、ついにやったぜ〜…。」
思わず声に出すクレイ。

そこに水を差すように、クレイの後頭部に衝撃がはしった。
「な〜に一人でにやけてんのよ、気持ち悪いわよ?」

クレイの後ろで、いたずらっぽく微笑む一人のレイキャシールがいた。

黄色いボディに、人工の皮膚を貼り付けているアンドロイド。
しかし、すらっとした長身の彼女には、「美人」という言葉がふさわしかった。

「…って〜なぁ。別にいいだろ?マジでうれしいんだから。」
叩かれた後頭部をさすりながら、クレイが振り返る。

「アンタはいいよな、クレハ。もうA級ライセンス持ってるんだし。」
「なによ〜、人がせっかく祝福してやってんのに。少しはありがたく思いなさい!」

クレイがへいへい、と諦めたように返事を返すと、クレハはクレイの腕を引っ張った。
「ねえ、新しいエリアが見つかったんだって。行ってみない?」

二人はパートナーだった。
まだ一人前のハンターとして認められていない、いわば仮免許を持っている状態のクレイに、パートナー兼教育係として任せられたのが、クレハだった。
しかし初めからよく気が合ったので、まるで昔からパートナーだったように二人とも振舞っていた。

このころ、未だラグオルは探索が進められている最中だった。
森、洞窟と探索が進められ、また新たなエリアの存在が確認された。
そこは、まるで何者かに意図的に作られたような、いまだ用途がわかっていないエリアであった。

通称、坑道エリア。

今までのような生物ではなく、改造された作業用ロボット達が襲いかかってくるので、その探索は困難を極めていた。


そんな場所に誘われたのだ。
クレイもすぐに返事はできなかった。

しかし。

「ねえ、どうしたの?行こうよ。」
「あ…、お、おう!」
クレハの一言で、その迷いは全てかき消されてしまった。

そう、クレイはクレハのことが好きだったのだ。

そしてクレハもクレイのことが気になっていた。

そんな二人の微妙な関係は、周りから見ればもう立派なカップルにしか見えなかったのだが……。


転送装置の前で、クレイがやはり不安そうに口を開いた。
「なあ…、本当に大丈夫なのか?あそこって相当やばいらしいぜ…?」

クレハは微笑みながら言葉を返した。
「大丈夫だよ。それに、危なくなったらクレイが守ってくれるでしょ?」

そこから先に、言葉はいらなかった。



坑道エリアの敵は、噂にたがわぬ強さだった。
ハンターと認められたばかりのクレイはまだしも、A級のライセンスを持っているクレハでさえ苦戦を強いられるような場所だった。


混戦は続いた。


そんな中、事件は起こった。



「きゃあ!」
クレハの悲鳴を耳にし、クレイは声のしたほうを振り返った。

クレイの目には、ギルチックの手に弾かれたクレハの体が宙を舞っている姿がうつった。

落ちて行くその場所には…

底の知れない穴があった。

「クレハ!!」

クレイは慌ててその場所に向かおうとした。
しかし目の前には敵が立ちはだかる。
「くそっ!!邪魔だぁ!!」

クレイは持っていたセイバーで斬りつける。
しかし敵の装甲は厚く、なかなか倒れてくれない。


必死に斬りつけても、何度も立ちあがってくる。
次から次へと、敵の増援が増えてくる。


ほんの4〜5mだろうか。
クレハの居る場所への距離はそんなものだった。

この短い距離を、助けに行くことができない。

「ちくしょう!!」

渾身の力を込め、目の前の敵をなぎ払って行く。

しかし、ようやく到達したその場所には、クレハの姿は…なかった。

「クレハ!クレハ!!」

クレイは襲いかかる敵を振り払い、穴を覗き込んだ。


そこには、今にもちぎれそうな左腕で、必死に穴の淵にしがみついているクレハがいた。

「クレハ!待ってろ、今引き上げてやるからな!」
クレイはクレハの左腕を両手でつかむと、引き上げようとした。


しかし…、仮にもクレハはアンドロイド。
生身の人間のクレイにどうにかできる重さではなかった。

クレイは膝からガクッとその場に崩れ落ちる。
しかし、クレイはその手を離さなかった。

自分の最愛の人が、今、目の前で危機に陥っているのだ。
離せるわけがなかった。


そんなクレイの背後に、多数の敵が歩み寄る。

文字通り手も足も出せないクレイに、次々と容赦の無い攻撃が加えられる。

横腹に強い衝撃。
身を焦がすような強烈な電流。

クレハを支えている腕の両肩の皮膚が裂け、血が滴る。

「ぐああぁぁぁぁ…!!」

思わずもらす苦痛の叫び。
しかし、敵の攻撃は止まらない。

そんな光景を目にしていたクレハもまた、苦痛に耐えていた。

「もう…、いいよ。お願いだから、手を離して…。」

「誰が…、誰が離すもんか…!ぜったい、守ってやるからな…!!」
必死で引き上げようとするクレイ。
しかし、やはり少しも引き上げられる気配はない。


じわじわと体力を削られていくクレイ。
その背後に、まるでとどめをさしに来たかのように、一体のギャランゾが姿を現した。

それに気がついたクレハは、必死にクレイに訴えかける。
「だめ…!クレイ、お願いだから逃げて…!!」

しかしクレイは、相変わらずその手を離そうとしない。
「い…やだ…。」

ギャランゾがすでにクレイを射程範囲にとらえ、攻撃の態勢に入ろうとしていた。


そのときだった。

不意にクレハは残った右腕で、自分のハンドガンを取り出した。
そして、自らの左肩に銃口を重ねる…。

「な…、や、やめろ!クレハ!!」
クレイはなんとか止めようとするが、両手が塞がっていては、どうすることもできない。



「ごめんね、クレイ…。」



クレハはゆっくりとその人差し指を動かした。



「大好きだったよ…。」



クレハのハンドガンから、一筋の閃光が放たれた。



ゆっくりと暗闇に吸い込まれて行くクレハの体。
クレイの手には、クレハの左腕だけが残されていた。

「う…、うわああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

狂乱状態となったクレイを、止められる者はいなかった。




数分後、おびただしい量の残骸の上に座る、クレイの姿があった。

「…もっと…」
独り言のようにクレイがつぶやく。

「…もっと、俺に力があれば…、強い武器があれば…!!」

手にしていたセイバーを強く握り締めるクレイ。
彼の手の甲は、とめどなく落ちてくる雫でぬれていた。


このときクレイは、生まれて初めて、泣いた。







ゆるやかな風が、じっとうつむいたまま動かないシヴァンの頬をそっと撫でる。

「…と、まあ、そんなこんなで俺は盗賊に成り下がっちまったワケだ。」
クレイは一通り語り終えると、シヴァンの方に向き直った。

シヴァンの目には、今にもこぼれそうな量の涙があふれている。

そんなシヴァンを見て少し気まずそうにしながらも、クレイは語りつづけた。
「俺が盗賊になった理由も左腕、辞めた理由も左腕なんだ。こりゃあもう、呪われてるとしか思えないだろ?」

なんとか場の空気を和ませようと、クレイが軽く笑みを浮かべながら言う。

しかしシヴァンは、こぼれ落ちる涙を止めることができないでいた。

困った表情を浮かべながら、クレイがゆっくりと立ちあがる。
そして墓の前まで足を進めると、またゆっくりと腰を下ろした。

「まあ…、この話で泣いてくれる人がいるんだから、クレハも少しは浮かばれるはずさ…。」




不意にまた強い風が吹く。


墓前に供えられた花束のリボンがほどけ、束ねられていた花が宙に舞い踊った。


足元に咲き乱れる花達と一緒に、どこまでも青い空に吸い込まれて行く…。



クレイはゆっくりと立ちあがると、その光景をいつまでも眺めていた。
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機械仕掛けの左腕 第三話
Shin [Mail]
1/4(Wed) 3:52
あたりはもうすっかり暗くなっていた。

建物の隙間から差し込む光に、ぼんやりと映し出される狭い道を歩く、一人の男がいた。


ふと、上を見上げる。

建物の最上階から放たれている光のすじが、ゆっくりと回っている。

「…あと一つ…だが…」

男はぼそりとつぶやく。


その時…。

光のすじが一瞬何者かにさえぎられるのを、男は見逃さなかった。
すばやく身をひるがえす。

ガキィン!!

男のいた場所に、何者かがものすごい勢いで突っ込んできた。

「誰だ!?」
とっさに身構える男。

舞いあがったほこりの中から現れたのは、異様な姿をした男だった。

「へへへへへ…、さすがだねぇ、クレイさんよぉ?」

「な!?お、おまえは…!」
その男の顔を確認したクレイは、驚愕の声をあげた。





シヴァンは納得がいかなかった。

ここしばらく、クレイと連絡がとれない。
ましてや、消息さえもつかめない。

クレイがシヴァンの前から去る前に残した言葉。

「絶対についてくるな」

それだけ言い残すと、クレイは行方をくらましてしまったのだ。

「…も〜!どこいったのよ〜!あんなので納得できるわけないでしょ〜!?」
いらだちがピークに達したシヴァンが、思わず独り言を口にする。

「…絶対見つけ出して、説明してもらうんだから!」


シヴァンは情報をあつめていた。
さまざまな情報屋を訪ね歩き、一人の男の行方を探した。
どの情報屋も、まず、なぜその人物を探しているのか質問した。
シヴァンが探していたのは、自分のパートナーであるはずの、クレイその人だったから。

しかしどの情報屋も、クレイの行方についてはまったく知らなかった。

元盗賊。
姿をくらますことくらい、クレイには造作もないことだろう。
クレイは盗賊をしている間、一度たりともつかまった事などなかったのだ。


「あと、あてがある所といったら〜…」
シヴァンは、ディヴァインのいる倉庫のある中古ショップに行ってみる事にした。




「…クレイさん?最近見なくなったねぇ…」
店主の返答は、期待していたものとはかけ離れていた。

「ディヴァインさんの修理よりも大事なことがあるの…?」
ため息をつきながら、シヴァンは横にあった椅子に腰掛けた。

しばしの沈黙があたりを包む。
不意に店主が、思わぬことを口にする。
「…たしかあの人、修理は終わったって言っていたが?」

「…へ?」
思わず間の抜けた返事をしてしまうシヴァン。

「ちょっと見てきます!」
シヴァンは慌てて立ちあがると、バタバタと倉庫のほうに走り出した。


ディヴァインの体は、確かにきれいに直っていた。
あぜんとして眺めていると、店主が後ろからゆっくりと姿を現した。

「…あとは左腕と、マスターシステムだけらしいねぇ…。まあ、マスターシステムはグラハムの野郎が持ってるだろうから、手に入れるのは難しいだろうがねぇ…。」

シヴァンはさらに納得いかない気持ちでいっぱいになった。

ついていっちゃいけない理由も教えてくれなかった。
修理が終わったことさえも教えてくれなかった。

「一体なにがあったっていうのよ〜…。」
シヴァンは深いため息と同時に、がっくりと首をもたげた。


「…嬢ちゃん、こいつ持っていきな。」
不意に、店主はシヴァンに一枚のテクニックディスクを差し出した。

「…これは?」
突然の出来事に再びあぜんとしてしまうシヴァン。
店主は強引にシヴァンの手にディスクを持たせると、ゆっくりと話し始めた。

「…俺の勘では、多分あの人は、嬢ちゃんのことを巻き込みたくないから姿を消してるんじゃないかと思うねぇ。…要するに、相当ヤバイことになってると見たね。」

あぜんとしたまま、シヴァンは店主の話を聞く。

「…だから、あんたはパートナーなんだろ?…見つけ出して助けにいってやりな。」

シヴァンは手に持ったディスクに目を落とす。
見たこともないようなディスク。
「これってもしかして…?」

店主は口元に軽く笑みを浮かべながら言った。
「…わしもあの人のファンなんでね。」



シヴァンが中古ショップから出てくると、一人の情報屋が慌てて駆け寄ってきた。
「シヴァンさん!新しい情報手に入れたよ!!」

シヴァンは表情を一変させて情報屋の話を聞いた。
「…で、行方がわかったの?」
「いや、クレイさんのことじゃないんだが…。」

軽く眉をひそめるシヴァン。
「じゃあ、なにがわかったっていうの?」
情報屋は、ゆっくりと言葉の一つ一つをかみ締めながら、シヴァンに情報を伝えた。

「グラハムの野郎が、脱獄したらしい…。」





人の気配はすっかりなくなり、誰もが寝静まった時間帯。
あたりを気にしながら、気配を殺した男が中古ショップの中に入ってきた。

「…おや?…久しぶりだねぇ。クレイさん。」
店主が軽く笑みを浮かべながらクレイに話しかける。

「ああ…。ちょっと最近忙しくてな。倉庫使わせてもらうぜ。」
クレイはそれだけ伝えると、倉庫の方へ足早に消えてしまった。

しばらくすると、倉庫に続く廊下のドアが開く。
中から出てきたクレイの姿を見て、店主は驚きの声をあげた。
「ク、クレイさん!?そいつぁどうしたことだい!!」

ドアを開けたクレイには、あの左腕が―――――――なかった。

あぜんとする店主をよそに、クレイはまたさっさと店を出ていってしまった。





「それは本当!?」

翌日、シヴァンは再び情報屋と落ち合っていた。
思わず身を乗り出すシヴァン。
ついに決定的な情報がつかめたのだ。

「…ああ、たしかに昨夜、坑道に向かうクレイさんを見た奴がいるらしい。だが…」
情報屋は表情を曇らせる。
「だが…?」

情報屋は一瞬声を出すのをためらうと、シヴァンの目を見据え、ゆっくりと伝えた。
「左腕が…、無かったらしい…。」


シヴァンはその話を耳にするやいなや、すぐに転送装置に向かって全速力で走り出した。





坑道エリア。
一体何度このエリアに来たことだろうか。
しかし、今回はいつもと雰囲気が違う。

無残な姿に変わり果てた作業用ロボット達。
まるで何者かにえぐられたような痕跡。

襲いかかってくる敵は、誰もいなかった。
そこには、ただ残骸のみが大量に転がっている。

クレイは細心の注意を払いながら移動していた。

あたりには、クレイの足音だけが響いている。


ふと、突然足を止めるクレイ。

静かだった。
だが、あまりにも静か過ぎる。

緊迫した静寂が続く。


クレイが右手に持っているソードのスイッチを入れた、その瞬間。
すばやく自分の背後に向かってソードを振った。

ガキン!

ソードに重ねられた異様な形の腕。
そこにはいつの間にかあの男が立っていた。

「へへへへ…、やっぱり一筋縄じゃ死んでくれねぇか…。」

片腕で男の腕をギリギリと支えるクレイ。
「あったりまえだ。アンタなんかに殺されたら死んでも死にきれねぇな、グラハムさんよ。」

クレイはグラハムの腕を跳ね除け、すばやく斬撃をくわえる。
しかしグラハムは、目にも止まらぬ速さでそれをかわした。


グラハムの両手、両足はアンドロイドのパーツと付けかえられていた。
右目には、アンドロイドの目が埋め込まれている。

その姿は、もはや人間の原型をとどめていなかった。

「このパーツ…、誰のパーツかわかるかぁ?」
グラハムが指先をカチカチと鳴らしながら言う。

「マリア…、覚えてるか?あいつのパーツにちょいと手を加えてね…。」

クレイの表情が一変した。
「てめぇ…、アンドロイドをなんだと思ってやがる!」

クレイのソードがグラハムめがけてすばやく振り下ろされる。
しかし、グラハムを捉えることはできない。

「フン…、今の俺に勝てっこねぇよ、クレイさん。このパーツは全部リミッターが解除されてんだ。へっへっへ…。」
不敵な笑みを浮かべるグラハム。

「しかもアンタ、ご自慢の左腕はどうした?俺の使ってたポンコツからいただいたありがた〜い腕なんだろ?」

クレイはソードを構えなおした。
「あれに傷なんかつける訳にはいかないんでね。てめぇなんざ、右腕一本で十分だ。」

グラハムは一瞬表情を曇らせるが、すぐにもとの不敵な笑みを浮かべた。
「あんた、なにもわかってないねぇ。あんたが俺を倒せない理由、他にもちゃんとあるんだぜ…?」

グラハムは自分の胸のあたりを指差した。
「あんたが必死になって探してるマスターシステム…、俺の中にあるんだよ…。」

「な…!?」
クレイが驚きの声をあげた瞬間、グラハムはフッとその姿を消した。

素早く身構えるクレイに背後から強烈な一撃。
思わず態勢を崩すクレイ。

どこからともなくグラハムの声が聞こえる。
「無駄だぜ!言っただろ?リミッターを外してあるんだ。あんたに見切れるような速さじゃないぜ。」

足元に再び鋭い一撃。
確かにグラハムの姿を確認することができない。

グラハムが続ける。
「アンタのおかげで、俺は大悪党扱いだったよ。ムショに入れられて、クサい飯食わされて…、人間扱いされなかったぜ?あそこではよぉ!」

次から次へと、どこからともなく襲いかかるグラハムの猛攻。
反撃どころか、防ぐことさえもままならない。


ボロボロに体力を削られたクレイの背後に姿を現すグラハム。
「へへへ…、覚悟しな、とどめだ!!」

クレイに向かって飛び掛るグラハム。
しかしその時、グラハムの体をまばゆい光が包み込んだ。
「な…!?なんだこりゃあ!?」

一筋の閃光とともにグラハムに襲いかかるすさまじい衝撃。

「ガアァ!?」
グラハムは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ま、間に合った!」
部屋の入り口には、ウォンドを構えるシヴァンがいた。

「こ、こいつぁ…、グランツ…?クソッ、誰だっ!?」
軽く体をショートさせながら、ゆっくりとグラハムが立ちあがる。

「ひゃあ…、予想以上の威力…。」
シヴァンは軽く驚きの声をあげる。
「ガキかっ…、なめやがって…!」

「シ、シヴァン…!無茶だ!早く逃げろ…!!」
クレイはシヴァンの姿を確認すると、かすれた声で叫んだ。

「へへ…、もう遅いぜ!」
グラハムの姿が再び消えた。
クレイの顔に緊張が走る。
しかし、次にグラハムが現れた場所は…

シヴァンの目の前で横たわるグラハムがいた。
「ゾ、ゾンデ…!?な、がぁぁぁぁ…!!」
グラハムの体から、スパークがほどばしる。

「アンドロイドが電気に弱いことくらい、誰でも知ってるわよ?」
いたずらっぽく笑うシヴァン。


「ちくしょう…、ちくしょう!!」
グラハムは自由のきかない体を動かそうとするが、なかなかそうもいかない。
この隙に、シヴァンはクレイの方に向かって駆け出した。

「待ってて!今、レスタかけてあげるから!」
シヴァンがクレイの場所にたどり着こうとした、その時…

「…!あぶねぇ!!」
クレイは駆け寄ってきたシヴァンの体を自分の右側に跳ね飛ばした。


態勢を崩し、倒れこむシヴァン。
「な…?どうし…」

シヴァンはその目に飛び込んできたあまりの光景に、思わず声を失ってしまう。



そこには、向かい合うクレイとグラハムがいた。




そのクレイの背中からは、グラハムの腕が飛び出していた。




そこからボタボタと流れ落ちる真紅の液体。

立ったまま動かない二人の足元は、あっというまに真っ赤に染まっていった。


「い…、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
声にならない声で悲鳴を上げるシヴァン。


バチバチと体から火花をあげながら、グラハムがかすれた声を出す。
「へへへ…、ただじゃ死なねぇよ…。あんたも…、こいつも道連れだ…!!」

クレイの体から腕をひき抜く。
膝からガクリと崩れ落ちるクレイ。

グラハムは自らの胸に右手をあてがった。



ドシュ



生々しい音が響く。

グラハムはその胸の中に、自分の腕をつっこんでいた。

「グ…ガフッ…!」
ズルズルと腕を引き出すグラハム。

その手には…
マスターシステムが握られている。


「…らぁ!!」
最後の力を振り絞り、グラハムは部屋の隅にポッカリと口をあけた穴に向かって、それを放り投げた。

そのまま倒れこむグラハム。

そしてそのまま動かなくなった。


あたりには、錆びた鉄のようなにおいが充満している。


「あ…」
気が動転していたシヴァンには、どうすることもできなかった。

そのまま暗闇の中に吸い込まれていくマスターシステム。


しかし、それを追う一つの影があった。




―――――クレイだった。

ギリギリのところで右手にマスターシステムを手にするクレイ。
しかしクレイの足元には、すでに足場が存在していなかった…。







「…まぶしい。」


「なんてまぶしいところなんだ…。」



クレイは薄れ行く意識の中、不思議な世界に身を置いていた。



「なんだろう…」


「あたたかくて……」



「……なつかしい………」




一瞬、クレイの背後に、真っ白な翼を広げた美しい女性が現れた。


どこか、なつかしい感じのする人だった。


クレイにやさしく微笑みかけるそのひとには、左腕が無いように見えた。






よろよろと立ちあがるシヴァン。

目の前では、グラハムが息絶えている。


ふらふらと穴の前まで歩くと、シヴァンは膝からガクリと崩れ落ちた。


「そんなぁ…、クレイ……」

シヴァンの目に大粒の涙があふれかえる。


シヴァンはその場で手をつき、がっくりとうなだれてしまった。



…と、一瞬穴が光ったような気がした。


シヴァンははっとして、頭を上げる。



なにかに呼ばれたような気がする。

慌てて穴を覗き込むシヴァン。



そこには、まるで何者かに優しく包み込まれているかように、飛び出したコードの束の中に横たわっているクレイがいた。








「…いよいよだね。」
少し落ち着きのない様子のシヴァン。

「…それじゃあ、いくぞ…?」

まだ痛む体を引きずるクレイ。
大勢の人々が見守る中、クレイはマスターシステムを取り出した。


ゆっくりとうなずくシヴァン。

辺りに居合わせている人々も、緊張した面持ちで様子を見ている。



カチリ…


ディヴァインの背中に差し込まれるマスターシステム。


ブンッ…   カチカチカチ…


ディヴァインの中で、起動音が聞こえる。

クレイはディヴァインの前に回りこむと、ゆっくりと息を整え、語り掛けた。

「…ディヴァイン、俺だ。クレイだ。分かるか…?」


ディヴァインの目がぼんやりと光をともす。


「システムキドウ…、マスターノトウロクヲオコナッテクダサイ…」

単調な発音でディヴァインが返答する。


「ディヴァイン…、分からないか?クレイだよ。お前のマスターだよ。」
「ピピッ…、マスターネーム:クレイ……トウロクカンリョウ。シジヲオネガイシマス。」

見守っている人々全員が、不安げな表情を浮かべる。

「シジヲオネガイシマス。シジヲオネガイシマス。」
ただ単調に繰り返すだけのディヴァイン。

「…だめか…。」
クレイが諦めかけた、その時。

「シジヲオネ…ガガッ!ピー……ガチガチガチ…」

突然ディヴァインが妙な音を出す。


しばらくして、音が鳴り止んだ。


あたりを静寂が包み込む。



ディヴァインの目に、ひときわ明るい光がともされた。
「…ここは…?…マスター…?」


どっと歓声が響き渡る。

奇跡は、起きた。


ディヴァインの記憶は、消えてはいなかったのだ。

ディヴァインはわけもわからないまま、辺りの人々、シヴァン、そしてクレイに大歓迎をうけた。



「マスター、その腕は…?」
しばらくしてディヴァインがクレイに質問した。

あたりが一瞬静まり返る。

「ああ…、こいつはな…」


何かを言い出そうとしたクレイは、その言葉を飲み込んでしまうと、笑顔でディヴァインに語った。
「なあに、ちょっと事故っただけさ。気にすんな。」




この日を境に、クレイはハンターから引退した。
というより、もはやハンターを続けられるような体ではなかった。







一人の片腕の男が、懐かしそうに一枚の写真を眺めている。
写真には、一体のヒューキャストを囲んだ、歓喜に沸き返る人々が写し出されている。

「あなた、タイレル総督が来てるわよ。」
不意に女性の声が男を呼ぶ。

「…ああ、わかった。今行くよ。」

男が部屋を出ると、一体の白いヒューキャストが立っていた。
「参りましょう、マスター。」


また一回り大きな扉を通りぬける二人。

扉の入り口上方には、このように書かれていた。







ハンターズギルド総合管理長

      クレイ=リッジウィン
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”each”(機械仕掛けの左腕 外伝)
Shin [Mail]
1/4(Wed) 4:00
…寒い。


それに…、真っ暗だ。


何も見えない…。


これが「死ぬ」ってことなのか…。


体がまったく動いてくれない…。


…俺の腕は…?
…足は…?

…どこへいった…?



…落ちてるのか、昇ってるのか…
…それとも動いてさえもいないのか…

わからねぇ…。

ここは、一体どこなんだ…?




…俺は…、何だ…?



俺は……

俺は…、グラハムだ。
グラハム=ルーベンスだ。

…なんだ、わかるじゃねえか。

それにしても、なんだこの感じは?


俺は…

そうだ。
自分で自分の胸を…

…へへ…
自分で自分にとどめさしてちゃあ世話ねぇな…。



…俺は…

…一人だったな…


最後の最後まで、気がついたときからずっと…




気がついたら…、泣いてたな……





俺は、いつのまにか人気の無い、真っ暗な道に、一人で座り込んでた。

わけもわからず、とにかく泣きじゃくってたな。


そこに…、そうだ。
あの人が来たんだ…。



「…ボウズ、どうした?」

俺が泣いてると、頭の上からしゃがれた声が俺にそう言った。

顔を上げると、そこにはヒゲをボーボーに生やしたおっさんが立ってた。

「ん?迷子か?おやじさんやおふくろさんはどうした?」

俺は何もわからなかった。
だから、わからないって答えた。

名前を聞かれても、わからなかった。

とにかく、何もかもがわからなかったんだ。
どんな質問にも答えられるはずがねぇ。

するとそのおっさん、俺の頭をくしゃくしゃにしてこう言ったんだ。
「そうか。なら、俺のところにくるか?」

本当に何もわからなかったからな。

俺はそのおっさんについていくことにしたよ。



おっさんは、汚い工場のような場所に俺を入れた。

「ここが俺の家だ。」
おっさんはそう言ってたが、とても人が住んでるようには見えなかったな。


おっさんは俺にあったかい飲み物をくれたな。
何をくれたのかは忘れちまった。

おっさんはそれを飲んでる俺を見ながら、勝手に話し掛けてきた。


おっさんは、どうやら先祖代々技術屋らしかった。
自分の仕事の話を、延々と聞かされた。
また随分と自慢げに話してたな。


俺はそこに住ませてもらうことになった。
おっさんの仕事を手伝うのを条件にな。
まだガキだった俺を、随分とこき使ってくれたもんだ。


ある晩、おっさんは酒を飲みながら、俺にいつもはやらせてくれない武器の加工をさせてくれた。
俺はおっさんの言った通りにやっただけだったんだが、また随分とうまくいってたらしくてな。
おっさんびびってたよ。


そしたらおっさん笑いながら、俺に名前が無いのは不便だとかなんとかぬかして。
俺に名前をつけたな。

おっさんのひいひいじいさんの名前らしい。
先祖の中で一番腕がよかったんだとさ。

それが今の俺の名前、グラハム=ルーベンスってわけだ。


そういえば、おっさんの名前ってなんだったけな…?

ずっと「おっさん」って呼んでたから忘れちまった…


最後まで「おっさん」って呼んでたな…
本当に最後まで…

…今思い返してみれば、ちょっと悪かったような気がするな…



あの日までは、ほんとに楽しかったな……



いつものように一仕事終わって、おっさんと二人で片付けしてたときだったな。

あの日のことは、何故か忘れられんな…



いきなり二人組みの男が入ってきてな。

おっさんの作った武器で人が死んだとかなんとか言って、くってかかってきやがって。


武器で人が死ぬのは当たり前のことだろうが。

要は、使った奴がヘマしただけだってわかりきってんだ。


おっさん、なんとかなだめようとしてたが、そいつらいきなりセイバー取り出して斬りかかってきやがって。


俺はなさけねぇけど、怖くてずっと隠れてたな。

おっさん、自分の作ったハンドガンでなんとか抵抗してたんだが…



そいつら、ハンターズまで雇ってやがって。


あいつは絶対忘れねぇ。



紺色のヒューキャストだった。

ノコギリみたいなでっかい剣振りまわして。


ナイトメア。
そう呼ばれてたな。


…ちっ、そういや結局あいつにリベンジしてねえな。




おっさんがぶったぎられた最後の瞬間も、「おっさん!」って叫んでたな。

…へへへ


わりいな、おっさん。



…と、思い出した。

たしかおっさん、デザイルって名前だったな。

…ん?
ドザイルだっけか?

…バザイル?


…いや、やっぱデザイルだ。

デザイル=ルーベンスだ。


なんか思い出したらスッキリしたな。




デザイルのおっさん、殺されたのにもかかわらず「ハンターズギルドの仕事だったから」とかいう理由でさっさとどっかに持っていかれて、それっきりだったな。

まったく、政府も腐ってやがる。


…あれからだな。

俺の人生狂ってきやがったのは。


持ち主であるおっさんのいなくなった工場もオンボロだったからな。
すぐ叩き壊されちまって。


また俺は一人になったってわけだ。




まあ、おっさんに教わった技術があったから、なんとかやっていけたがな。

とりあえず、みたいな感じでハンターズライセンス取ってみたりしたな。



そういやそのころ、めちゃくちゃ嫌な奴がいたっけな。

従属型アンドロイドをやたらと持ってやがって。



どこの金持ちか知らねぇけどよ。
結局名前も知らねぇまんまだな。

新しいアンドロイド連れて来ては、俺に見せつけて自慢しやがるんだ。


まあ、ずっとシカトしてたがね。



…そういや、ちょうどあのころだったかな。

あのポンコツ拾ったのは。


スクラップ置き場にマスターシステムごと捨ててあったな。

ご丁寧に名前が書いたプレートまで置いてありやがった。


ヒューキャストのディヴァインさんだとさ。



俺の腕前だったら、あの程度の修理くらい簡単だったからな。


例の一件以来、アンドロイドってのはどうも虫が好かねぇが、逆にこき使ってやるのもいいかもしれねぇって思って、わざわざ担いで帰って来たっけな。


…今考えてみたら、あのときの修理が失敗してたのかねぇ。

余計な感情っぽいものまであったな、あいつには。


まあ、俺の言うことを聞くだけだったから気にはしなかったが。



あいつとしばらく探索に行ってみたりしたな。
なかなか強い奴だったな。
あいつ。


それからしばらくしてだ。

あの嫌な野郎が俺にまた新しいアンドロイド見せつけに来やがってな。


今度のアンドロイド、随分ときれいな奴だったっけな…。

マリア。
この名前、覚えてるぜ。
いつまでもよ。



あの野郎、俺の直したポンコツを見るなり、こう言いやがったんだ。

「そんなオンボロ、捨てちまえよ。そうだな…、坑道辺りに捨ててきたら、替わりにこいつタダでやってもいいぜ?」


まあ、そんなこと言われていい気分はしなかったがな。

どうせただのアンドロイドだと思ってな。


マリアのことも気になってたしな。


…ん?
別に惚れてたとか、そういうわけじゃないぜ?

新しいオモチャが欲しかっただけだよ。


んで、ディヴァインを捨てて来たワケだ。
あの嫌な野郎、あの時は珍しく約束守ったな。

そんなこんなでマリアを替わりにいただいたわけだ。



マリアは、なんかただの従属型アンドロイドとは思えなかったな。

おっさんと同じような…


なんていうかな。



…暖かさ?

…まあ、そんなもんを感じたな…。



実際、色々と俺につくしてくれたしな。

俺もあいつ専用の武器とか作ってやったりしたしな。


…あいつにはほんと、感謝してるぜ。




マリアをもらってから、三年くらいあとだったかな?

あの野郎が現れたのは。



現れるなり捨てて来たポンコツのことを聞いてきたかと思ったら、いきなり殺気立ちやがって。


マリアがなんとか止めようとしてくれたんだが、あのバカぢからめ。



気がついたら、マリアがせっせと看病してくれてたな。


あいつはほんとに優しい奴だったな…。




でもあの野郎だけはどうしても頭にきててな。

訴訟を起こしたわけだが…



政府のクズどもが腐ってることを忘れてたよ。


よりによって俺が有罪になるなんてな。

普通逆だろ、マジで…。



あの判決でてから、まわりの奴らもコロッと態度かえやがった。

俺の工場がメチャクチャに荒らされたり、俺がわざわざ作ってやった武器叩き返してきやがったり…




…今でもわからねぇなぁ…

俺がなにか悪いことしたってのか…?





結局マリアを置いたまま、ムショ行きになっちまったわけだ。


でもな。

俺だってこんなことされて黙ってる男じゃないぜ。



なんとかムショを抜け出そうと、色々試してみたさ。

だが、何度かしくじっちまってな。



随分と厳重な警備がされてるところで、何日も臭い飯食わされてたな…。

時々変な虫がわざわざ潰して入ってやがるんだぜ?
まるでクソみたいな臭いがしやがるんだ。



窓さえもないようなところだったな。

さらに夜になっても、まぶしい照明を消してくれねぇんだ。

まぶしくて寝れやしねぇ。



そのおかげで、時間の概念とやらもすっとんじまったね。




そんなときに、はっきり言って信じられねぇようなことが起きたんだ。

マリアが、面会に来てくれたんだ。


マスターの命令に従うことが精一杯のはずの従属型アンドロイドなのに、だぜ?



それからほとんど毎日、俺に会いに来てくれたんだ。

話し相手にもなってくれた。

あいつのあのきれいな目を、俺は死んでも忘れないぜ。

…実際、忘れてねぇがな。



そんなある日にだ。

俺はマリアに脱獄を計画してることを話したんだ。

それとクレイの野郎にたっぷりとこのお返しをしてやろうと思ってることもな。



マリアはそのとき、その話を気にもしてないようだった。


でもな。

次の日、アイテムパックに俺の工具を隠し持ってきたんだ。


それで、なんて言ったと思う?



「…私の体が、お役に立てればいいのですが…。」



マリアは、自分の体をバラして使えって言ってくるんだ。



マリアの話で、クレイの野郎がポンコツを直そうとしてる事、左腕にポンコツの腕を移植してる事。

随分と腕利きのハンターになってやがる事。


そういう情報は聞いていたんだ。



それに対して、俺は今は監視されてて、運動することさえも許されない身。




はっきり言って、脱獄したところで勝ち目なんかなかった。

でもだからといって、マリアのパーツを使おうなんて考えもしなかった。


あいつをバラすなんて、やりたくなかったしな。

でもマリアは、看守を催眠ガスで眠らせると、牢獄のロックを外して、俺の目の前でシステムを勝手にダウンさせやがった。


俺になんの断りもなしに、だぜ?



かなりがっくりきたが、仕方ねぇからマリアの体を使って何かしようと思ったんだ。


けどな。



こんなきれいな奴の体を使って、妙な武器なんざ作る気にもなれなかった。



そこでふと、マリアから聞いたクレイの話を思い出したんだ。




俺は電ノコを使って、まず自分の右腕を切り落とした。

麻酔なんかないんだ。


死ぬほど痛かったさ。


そんで、止血もかねてマリアの腕をとりつけたんだ。
リミッターを解除してな。



あまりの激痛に気が狂いそうになったよ。

そんな要領で、腕と足を全部自力でとりかえたんだ。


マリアのきれいな腕と足にな。



リミッターを解除したアンドロイドのパーツってのは、また随分とすごいもんなんだな。



軽く走っただけで、頭が吹っ飛びそうになったよ。



そんな力を使って、俺は見事に脱獄に成功したわけだ。

マリアの残った体をかかえてな。




俺はひとまず、自分の工場に戻ってみることにしたんだ。

マリアはその日まで、工場をちゃんと掃除してくれてたみたいでね。
出ていったときよりもきれいなくらいだったよ。



でもそのマリアは、自分からシステムをダウンさせちまったんだ。
なにせもらったもんだから、マスターシステムなんて物も持ち合わせてなかったしな。

復旧してやることすらできなかった。

あの名前も知らねぇ嫌な野郎も、どこにいるかわからねぇし。



俺はひとまず、マリアの仇を討ちにいくことにした。
マリアにここまでの覚悟をさせたクレイの野郎をブチのめそう、そう思ったんだ。




俺は、ありったけの技術を使ってマリアのパーツを改造したよ。
もちろん、事がすんだらすぐにでも戻せるようにな。


それで…
俺はマリアのきれいな眼を、片方もらうことにした。

別に特別な機能なんてものはねぇよ。

なんとなく…、そうしたかっただけだ。


また激痛に苦しむことにはなったがね。
へへへ…




仕上がってみたところで、俺は鏡を見てみたんだが…

正直びびったよ。



俺、自分で自分のことが人間に見えなかったからな…。


まあ、復讐の鬼には丁度いい姿だ。

お似合いだろ。





そこまでしたところで、俺はふと大事なことを思い出したんだ。

あのポンコツのマスターシステム、まだ自分で持ってたはずだったからな。



工場中探し回って、ようやく見つけたんだが…

叩きこわしゃあいいものの、なぜかできねぇんだ。


どうしても、壊すことだけができなかった。

未だに理由はわからねぇ。
…同じアンドロイドだから、マリアがやめろって言ってたのかもな。





でも、そのまま置いていくのも抵抗があってな。
誰かにコソコソ持っていかれでもしたら嫌だったしな。

俺が考える一番安全な場所…


俺が死にでもしねぇかぎり、取りだせねぇような場所。


自分の体に埋め込むことにしたんだ。

こうすりゃあクレイの野郎も簡単に手出しはできねぇだろうしな。
一石二鳥ってやつよ。




こうして、「俺」という悪役が完成したワケだ。

見た目にあった役回りだったろうな。


俺自身も、今まさに人を殺す決意をしてるんだしな。
誰から見ても、悪者にしか見えなかっただろうな。




俺は街中跳びまわったよ。

マリアが教えてくれたわずかな情報を頼りにな。



都合のいいことに、あいつはいまや有名人だったしな。
写真くらいすぐに手に入った。

俺はもはや原型とどめてなかったからな。
俺があの「大悪党」のグラハムだなんて、誰も気づかねぇ。



んで、必死こいて探し回って、ようやくあの野郎を見つけたんだ。

でも、奴も丸腰だったしな。
とりあえずどれほどの強さなのか、ためしに奇襲かけてみることにした。


あっさりとよけられたよ。
まったく、さすがにあれにはびびったぜ。




俺はあいつに、マスターシステムが欲しけりゃ坑道エリアに来い、そう伝えた。

機械のことなら俺の方が詳しいだろうからな。
万が一の保険も兼ねて、坑道を指定したワケだ。




俺はわざわざ、坑道の奴らを全部蹴散らしてやっておいたよ。

一対一の、いわば決闘なんだ。
邪魔が入っちゃいけねぇと思ってな。




俺はまた、武器を持ったあいつがどれほどのものか確かめようと思ってな。


あいつが来たら、まず後ろから軽く一発小突いてやろうと思ったんだが…




あの野郎、急に立ち止まったかと思えば、あっさりと防ぎやがって。


しかもなめられたことに、左腕外して「てめぇなんざ、右手一本で十分だ」だとさ。
こんな奴の為にマリアが自分からシステム落としたかと思うと、本気でむかついたね。


とりあえず、俺の中にマスターシステムが入ってることを伝えてビビらせたところで、思い切ってリミッターを完全に開けて、短期決戦に持ちこんだんだ。

もちろん、本体の俺は生身の人間だからな。


とんでもない反動がまわってきた。

それにまだ、腕や足の傷も治ってないしな。


そんなに早く治る訳もないか。



ほとんど死にかけで殴りまくってやったよ。
あのクソ野郎をな。




でもな。

あの野郎、仲間を呼んでやがった。




最後の一撃になるかもしれねぇ、めいっぱいの俺の一撃を、思いっきり邪魔しやがった奴がいたんだ。


フォニュエールの、まだガキだったな。

最強のテクニックって言われてるようなグランツを、ご丁寧にブチかましてくれたよ。


それで俺のパーツ、半分以上がイカれちまったな。



でも、まだなんとか動いてくれたんだ。
さすがマリアのパーツだな。



俺は一対複数じゃ勝ち目がねぇと思って、とりあえずこのやっかいなフォースのガキを先にやっておこうとしたんだ。


しっかし、ガキだと思って甘く見すぎてたな。

ゾンデを放ったかと思うと、マリアのパーツを思いっきりショートさせやがった。
しかもコイツ、憎まれ口たたきやがったんだ。



あのときは、さすがにどっちが悪役なのかわからなくなったぜ。






んでそのガキ、クレイの野郎までも回復させようとしやがったんだ。
俺の命をはった攻撃を、全部ゼロに戻されそうになったんだぜ?




言うこと聞かねぇ体を無理やり動かして、一撃くわえてやろうと思ったね。
なんとかガキだけでも動けなくしとかなきゃ、まったく勝ち目がなくなっちまうからな。



でもだ。

その一撃が、予想外の一撃になっちまったんだ。



クレイの野郎、そのガキをかばって、自分から俺の攻撃をくらいに来やがった。


俺はガキの首筋あたりを軽く叩いてやろうと思ってただけなんだが、あいつから飛び込んでこられちまったせいで、奴の体を貫通するようなものすごい一撃になっちまったんだ。




さすがにいい気分はしなかったな。


初めて人を殺した、そんな実感がじわじわと沸いてきやがるんだ。



でも、よく見てみると…だ。

うまく急所ははずしてあったんだ、あの野郎。




俺の方はその攻撃の予想以上の衝撃で、どうやらパーツも体もいかれちまったみたいでな。






このまま倒れちまったら、マスターシステムをえぐりだされて、あとは歴史に名を残す世紀の大悪党の誕生だ。




冗談じゃねぇ。



…そこで、だな。



自分で自分にとどめさしちまったわけだ。




…へへへ…




あとは…なにも覚えてねぇや…。






…俺の人生、ほんとについてなかったな…。





しかし、ほんとに暗いな…。



ずっとこのままなのか…?






…ん?


なんだあの光…?



だんだん近づいてきて………、人…?



…マリア?




そうなのか?



…返事してくれよ。



違うなら違うでいいからさ…。




ん?




なんだ?




そっちになにかあるのか…?





ついてこいってのか?



…ああ、わかったよ。

あんたのような美人に頼まれたんじゃあ断れねぇしな。
へへへ…



おお、わりぃな。

動けないんだわ、俺。




…あんた、あったけぇな…。






なあ、あんた…




ほんとはマリアなんだろ?



…マリアだよな、やっぱり。





…わりぃな、マリア。


仇、とれなかったよ。






…おお、なんだここ。



また随分ときれいなところだなぁ…。





…なあ、マリア。





もう遅いかもしれねぇけど…





今だから正直に白状するぜ。










俺、やっぱりお前のことが…………………………
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あとがき
Shin [Mail]
1/4(Wed) 4:06
随分昔に書いた小説のデータのバックアップを見つけたので、
なんとなくこちらに投稿してみる事にしました。
今は自分のHPで文字書いてるだけですが、なんだかまだまだ荒削りな部分もあると思いますが、
ここはあえてそのままの形で載せてみたいと思います。

そんな名目上の裏にはこっそり自分の書いた物を残しておきたい、なんて気持ちも半分ある訳ですが。w

二度書きになりますが随分古い物になります。
もうすぐPSUも発売されるっていうのに。w
でもまぁ、PSOをやっていた当時を思い出しながら読み返して、
公式HPに載せた時には結構好評だったなー、なんて事を思いながら載せてみた次第です。

もしよろしければ、このあとがきの後にご意見、ご感想のレスを頂けるともれなく俺からの愛が貰えます。w

では、長文・駄文を最後まで読んで頂き、有難う御座いました。
PSOはもうできませんが、PSUでお会いできる日が来たら、また是非一緒に遊びましょう。
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オマケ・裏設定
Shin [Mail]
1/19(Thr) 6:51
再び載せてみた所、最後の伏線に気付いていない人がかなり多いという事が判明したので、ここに最後まで読んでくれたお礼として、その解説を書いておきたいと思います。

”each”のラストでグラハムは誰かに「きれいなところ」に連れて行かれますが、実は連れて行った光の正体はマリアではありません。w

ここで少しヒントを出しますと、
・物語全体を通して「きれいなところ」の描写があった部分は一箇所だけ
・グラハムが死んだ場所は坑道の隅に穴の開いている部屋

勘の良い方ならこれで気付くと思いますが、光の正体はそう、クレハなんです。
何故?クレハとグラハムは何の接点も無いはず・・・と思う方も多いでしょうが、ここに裏設定があります。

実はクレハとマリアは製造型番が同じ新型のアンドロイドで、
クレハは自立型、マリアは従属型のアンドロイドだった、という設定です。
システムをダウンさせた、つまり「死んだ」マリアは、既に「きれいなところ」に居ました。
クレハはそこでグラハムのアンドロイドに対する想いを知り、グラハムをマリアの所へ案内したのです。
そして製造型番が同じアンドロイドなので、グラハムはクレハをマリアと人違いしてしまったのです。

だから一人称視点の文章で、光の正体がマリアだと確証を持たせないまま、最後の台詞はあえて言い切らせていないのです。
死してもなお想い続けた事を打ち明けようとしたら、「きれいなところ」にマリアが居た。
あれ?となってしまう、何とも最後の最後までついてないキャラがグラハムです。w

ここで揃った三人は天に召されます。
不意に強い風が吹き、「きれいなところ」の墓前に供えられた花束のリボンがほどけ、空に吸い込まれる・・・

つまりストーリーを解釈する為に読む分にはこのままでいいのですが、
正確な時間軸は
第一話→第二話→第三話のディヴァイン復活後まで→”each”→番外編→第三話ラストシーン
となります。

因みにもう一つの裏設定として、ディヴァインの記憶が消えなかった原因は、
グラハムが修理に失敗したと言っていた、「余計な感情っぽいもの」にあります。
そしてマスターシステムも最後まで自分の手で破壊する事はありませんでした。
マリアのパーツも武器の製造には使わず、自分の手足を切り落としてまでそのまま使い、改造も事が済めばすぐ元に戻せるようにしてあります。

このように、”each”以外を読むとグラハムはアンドロイドを単なる物のように扱う悪者に見えるかもしれませんが、
”each”を読む事で、実はグラハムが誰よりもアンドロイドに対する想いの強い人間であった、という事が分かります。

私がこの話に「each」という題名をつけた理由も、「each」という単語が含む様々な意味からです。
「各々の」「めいめいの」という意味から、
「each and every」で「どれもこれも」、
「each time」で「その度ごとに」「〜する度に」、
「To each his [her] own」で「(私は変だと思うが)人それぞれ[好き好き]ですね」
などなど。

最も伝えたかったのは「各々の正義があった」という所ですね。

因みに唯一悪役として登場する「ナイトメア」というキャラは、友人のいじられ役の使ってたキャラです。w
レスをつける



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